手付の制限|39条の額の上限と手付解除
宅建業法39条を条文から解説。代金の10分の2という上限、いかなる性質でも解約手付となる効力、倍額の現実の提供、相手方の履行の着手、買主に不利な特約の無効、民法557条との違いを整理します。
目次
この記事は、8種制限のうち手付の額の制限と手付解除(宅地建物取引業法39条)を扱います。8種制限の全体像は「8種制限とは」、8項目の数字と効果の横断整理は「8種制限の横断整理」を先に見てください。同じ「手付」という語を使う手付金等の保全措置(41条・41条の2)は別の規律なので、「手付金等の保全措置」に分けてあります。
先に結論を五つ述べます。
第一に、39条1項が禁じているのは「受領」です。代金の額の十分の二を超える額の手付を受領することができない、という行為の禁止であって、超過部分を無効とする規定は置かれていません。同じ十分の二を扱う38条2項が「こえる部分について、無効とする」と明文を置いているのとは、書き方が違います。
第二に、39条2項は手付の性質を条文で上書きします。「その手付がいかなる性質のものであつても」と書かれており、当事者が違約手付や証約手付のつもりで授受しても、解約手付としての効力が与えられます。
第三に、解除できなくなるのは「その相手方が」履行に着手した後です。自分が着手していても、相手方がまだ着手していなければ解除できます。ここが最頻出の引っかけどころです。
第四に、売主からの解除は「倍額を現実に提供して」行う必要があります。口頭で告げるだけでは足りません。
第五に、手付解除では損害賠償を請求できません。民法557条2項が545条4項の適用を排除しているためです。債務不履行による解除との決定的な違いで、見落とされやすい論点です。
なお、宅建試験は当該年度の4月1日現在施行の法令から出題されます。この記事で引用する宅地建物取引業法および民法の条文は、すべて2026年4月1日時点で施行されているものです。
39条が働く場面を先に確定する
計算や解除の話に入る前に、この規定が適用される場面を確定させます。
「自ら売主」であること
39条1項は「宅地建物取引業者は、自ら売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して」と書き出します。2項も同じ書き出しです。
宅建業者が売買を媒介したり、売主を代理したりする場合、その業者は自ら売主ではありません。したがって39条の適用はありません。媒介業者が関与する取引で、売主が一般個人であれば、手付の額に宅建業法上の上限はなく、手付の性質も民法557条によることになります。取引態様の区別は「取引態様の明示」で扱っています。
相手方が宅建業者でないこと
78条2項が定めます。「第三十三条の二及び第三十七条の二から第四十三条までの規定は、宅地建物取引業者相互間の取引については、適用しない。」
39条はこの範囲に含まれるため、業者間取引には適用されません。宅建業者どうしの売買であれば、代金の十分の二を超える手付を受領してもよく、手付の性質も当事者の合意で決まります。この適用除外は「8種制限が適用されないケース」で扱っています。
「契約の締結に際して」授受されるもの
39条1項・2項はいずれも「売買契約の締結に際して」と時期を限定しています。手付は契約の成立と結びついた金銭であり、契約後に支払われる中間金や内金は手付ではありません。
この時期の限定が、41条・41条の2との対象の違いを生みます。後述するとおり、保全措置が対象とする「手付金等」には契約締結後・引渡し前に支払われる中間金や内金も含まれますが、39条が対象とするのは手付だけです。
8種制限の中での位置
39条は、8種制限のうち契約の内容そのものを規律するグループに属します。損害賠償額の予定等の制限(38条)、手付の額の制限等(39条)、契約不適合責任の特約の制限(40条)が並びます。
契約締結の可否を規律する33条の2、申込み直後の撤回を認めるクーリング・オフ(37条の2)、代金の受領を規律する41条・41条の2、履行の局面を規律する42条・43条とは、それぞれ働く時点が違います。時系列で位置づけておくと混線しません。
39条1項 ― 額の上限は代金の10分の2
条文が禁じているのは「受領」である
「宅地建物取引業者は、自ら売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して、代金の額の十分の二を超える額の手付を受領することができない。」
上限は代金の額の十分の二、すなわち20パーセントです。そして条文が定めているのは、それを超える額の手付を受領してはならないという行為の禁止です。
「超える額」と書かれているので、ちょうど十分の二であれば受領できます。境界値は許容される側に入ります。
無効規定が置かれていない
ここは条文の構造を正確に読む必要があります。39条1項には、超過部分を無効とする規定がありません。
比較のために38条を見ます。38条1項は「損害賠償の額を予定し、又は違約金を定めるときは、これらを合算した額が代金の額の十分の二をこえることとなる定めをしてはならない」と定め、2項が「前項の規定に反する特約は、代金の額の十分の二をこえる部分について、無効とする」と明文で無効の範囲を書いています。
39条にも3項がありますが、そこに書かれているのは「前項の規定に反する特約で、買主に不利なものは、無効とする」であり、無効の対象は2項(手付解除)に反する特約です。1項の額の制限について、超過部分を無効とする明文はありません。
同じ「十分の二」を扱う二つの条文が、効果の書き方を変えている。この書き分けは、条文の構造を問う出題で使われます。38条の詳細は「損害賠償の予定額の制限」で扱っています。
事例1:代金4,000万円で手付1,000万円を受領しようとする場合
上限は4,000万円の十分の二で800万円です。1,000万円は800万円を超えます。したがって、宅建業者は1,000万円の手付を受領することができません。
受領できるのは800万円までです。200万円の差額は、手付として受領してはならない部分ということになります。
事例2:代金3,000万円で手付600万円を受領する場合
上限は3,000万円の十分の二で600万円です。受領しようとする額はちょうど600万円で、条文は「超える額」を禁じているため、これは受領できます。
「以内であれば可」ではなく「超えたら不可」という書き方である点を、境界値で確認しておいてください。「代金の十分の二未満でなければならない」とする肢は誤りです。
事例3:38条と39条を合算しない
代金4,000万円の物件で、損害賠償額の予定を800万円と定め、かつ手付を800万円受領する場合を考えます。
38条1項の上限は4,000万円の十分の二で800万円、39条1項の上限も同じく800万円です。それぞれ別々に判定するので、どちらも上限内であり、両方とも適法です。合計1,600万円が代金の十分の二を超えるから違反、という判定にはなりません。
二つの十分の二は別々の枠です。合算させる肢が定番なので、条文が別であることを確認してください。8種制限に出てくる数字の横断整理は「宅建業法の数字まとめ」でも扱っています。
手付を分割して支払う場合
手付を複数回に分けて支払う約定であっても、39条1項が制限するのは「手付」の額です。分割された各回の額ではなく、手付として授受される総額が代金の十分の二を超えないかで判断することになります。
なお、契約締結前に授受された申込証拠金が契約締結時に手付へ充当される場合、その金銭は手付として交付されたものとして扱われます。名目ではなく、契約締結に際して手付として機能しているかが問題になる、という読み方です。
手付とは何か ― 三つの性質
39条2項を理解するために、手付という金銭が本来持ちうる性質を整理します。民法にはこれらを定義した条文はなく、講学上の分類です。
証約手付
契約が成立したことの証拠として交付される手付です。手付が授受されていれば、少なくとも契約が成立したことは示されます。すべての手付が最低限この性質を持つと説明されます。
違約手付
当事者の一方に債務不履行があった場合に、違約罰として没収され、あるいは倍返しされることを予定した手付です。損害賠償額の予定と同じ機能を持たせる場合もあります。
解約手付
当事者が契約を解除する権利を留保するために交付される手付です。買主は手付を放棄することで、売主は倍額を返すことで、理由を問わず契約を解除できます。
民法557条1項が定めるのは解約手付である
民法557条1項は次のとおりです。
「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。」
売買一般について、手付には解約手付としての効力が認められています。ただし民法の条文には「いかなる性質のものであつても」という文言がなく、当事者が別段の合意をした場合の扱いには解釈の余地が残ります。ここが宅建業法39条2項との違いになります。
39条2項 ― 「いかなる性質のものであつても」
条文が性質を上書きする
「宅地建物取引業者が、自ら売主となる宅地又は建物の売買契約の締結に際して手付を受領したときは、その手付がいかなる性質のものであつても、買主はその手付を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。」
「いかなる性質のものであつても」という文言が、この項の核心です。当事者が「この手付は違約手付とする」「解除権を留保する趣旨ではない」と合意していても、宅建業者が自ら売主となる売買である限り、解約手付としての効力が条文によって与えられます。
民法557条1項にはこの文言がありません。宅建業法39条2項は、当事者の意思にかかわらず効力を発生させる書き方をしているという点が、条文比較の要点です。
違約手付としての性質が消えるわけではない
誤解しやすい点を補っておきます。39条2項は解約手付としての効力を与える規定であって、手付が同時に持っている他の性質を打ち消す規定ではありません。
違約手付の合意が別途されていれば、その効力は39条2項とは別の問題です。ただし宅建業者が自ら売主となる場合、損害賠償額の予定や違約金には38条の制限(合算して代金の十分の二まで)がかかります。39条2項があるからといって違約手付の定めがすべて無意味になるわけではない、という整理です。
手付の額と手付解除は別の話である
39条1項と2項は同じ条文にありますが、規律している対象が違います。1項は額の上限、2項は解除できるという効力です。
したがって、代金の十分の二を超える手付を受領してしまった場合でも、2項による解除ができなくなるわけではありません。逆に、上限内の手付であっても、2項の要件を満たさなければ解除できません。「1項をクリアしたから解除できる」「解除できるから1項もクリアしている」という推論は成り立ちません。
手付解除の要件(1)― 放棄と、倍額の現実の提供
買主の側 ― 放棄で足りる
買主から解除する場合、必要なのは手付の放棄です。既に売主の手元にある金銭を返してもらわないという意思表示で足り、追加の金銭を用意する必要はありません。
売主の側 ― 「倍額を現実に提供」
売主である宅建業者から解除する場合は、手付の倍額を現実に提供しなければなりません。
「現実に提供」とは、相手方が受け取ろうと思えば受け取れる状態に金銭を置くことです。口頭で「倍額を返すので解除する」と告げるだけでは足りません。銀行振込の準備をしただけ、内容証明で通知しただけ、といった状態も提供には当たりません。
「償還」から「現実に提供」への変更
ここは条文の沿革を知っておくと有利な箇所です。
2020年4月1日に施行された債権法改正より前の39条2項は、「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手附を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる」という書き方でした。民法557条1項も同様に「その倍額を償還して」でした。
現行の条文は、両方とも「その倍額を現実に提供して」に改められています。「償還」という語では現実の提供まで必要かが条文上明確でなかったため、文言で明示したものです。
古い教材が「倍額を償還して」と書いていれば、それは改正前の条文です。改正の全体像は「改正民法のポイント」で扱っています。
手付解除の要件(2)― 相手方が履行に着手するまで
条文は「その相手方が」と書いている
39条2項ただし書は「ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない」です。民法557条1項ただし書も同じ文言です。
主語は「その相手方」です。解除しようとする者から見た相手方が着手していなければ、解除できます。自分が着手していても、相手方が着手していなければ解除できるということです。
これも改正で明確になった点です。改正前の39条2項は「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」と書かれており、民法557条1項も同じでした。文言だけを読むと、どちらが着手しても解除できなくなるように見えます。現行条文はこれを「その相手方が」に改め、ただし書の形に書き換えました。
「当事者の一方が」と書かれた教材は改正前のものです。この論点は正誤が反転するので、条文の文言まで確認してください。
履行の着手とは何を指すか
条文は「履行に着手」としか書いていません。何が着手に当たるかは解釈の問題で、試験はここを具体的な行為で問います。
判断の軸は二つです。第一に、客観的に外部から認識できる行為であること。内心の決意や社内の稟議は含まれません。第二に、履行行為の一部、または履行の提供に不可欠な前提行為であること。単なる準備行為とは区別されます。
着手に当たると扱われる行為
買主の側では、中間金や内金の支払いが典型です。代金の一部を現実に支払えば、外部から認識できる履行行為の一部にあたります。
売主の側では、所有権移転登記の申請、目的物の引渡し、引渡しの提供などです。他人物売買で売主が目的物を取得して引渡しの準備を整えた場合も、履行に不可欠な前提行為として扱われます。
着手に当たらないと扱われる行為
買主が住宅ローンの事前審査を申し込んだ、資金を用意した、引越しの見積もりを取った、といった行為は準備にとどまります。売主が社内で決裁を通した、登記に必要な書類を集め始めた、という段階も同様です。
「準備」と「着手」の線をどこで引くかが、この論点の出題そのものです。金銭が現実に動いたか、登記や引渡しという契約の本体部分に手を付けたか、という基準で判断してください。
期限より前の履行行為
履行期の前に行われた行為が着手に当たるかは、単純に「期限前だから着手ではない」とはなりません。期限前であっても、外部から認識できる形で契約の本体部分に手を付けていれば、着手と評価される余地があります。逆に、履行期が到来していても何もしていなければ着手ではありません。
期限の到来と着手の有無は別の問題です。設問が履行期に言及していても、実際に何をしたかで判断してください。
解除できる期間の終わりは合意で早められるか
「手付解除は契約締結日から1週間以内に限る」といった特約は、履行の着手前であっても解除を封じることになるため、買主に不利です。39条3項により無効になります。この点は次の節で扱います。
手付解除の効果 ― 損害賠償を請求できない
民法557条2項が排除するもの
民法557条2項は「第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない」と定めます。
545条4項は「解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない」という規定です。これが手付解除には適用されません。
つまり、手付解除をした場合、解除された側は損害賠償を請求できません。買主が手付を放棄して解除したとき、売主は「契約が履行されていれば得られたはずの利益」を請求できない。売主が倍額を提供して解除したとき、買主も同様です。
債務不履行解除との違い
債務不履行を理由とする解除であれば、545条4項により損害賠償請求が併存します。手付解除はそうではありません。
手付解除は債務不履行を要件としない解除です。相手方に落ち度がなくても、理由を問わず解除できる。その代わり、放棄した手付または倍額の支払いが解除の対価になっており、それ以上の賠償は生じない、という構造です。債務不履行解除の要件と効果は「債務不履行と解除」で扱っています。
原状回復との関係
545条1項の原状回復義務は排除されていません。したがって、既に引渡しや代金の一部の支払いがされていれば、それは返還されます。排除されるのは4項の損害賠償請求だけです。
もっとも、履行が進んでいれば相手方が履行に着手している可能性が高く、そもそも手付解除ができない場面が多くなります。
手付解除と違約金条項の関係
契約書に違約金の定めがある場合でも、手付解除は債務不履行による解除ではないため、違約金条項の適用場面ではありません。手付解除をしたのに違約金まで請求される、という結論にはなりません。
39条3項 ― 買主に不利な特約は無効
片面的無効という書き方
「前項の規定に反する特約で、買主に不利なものは、無効とする。」
無効になるのは「買主に不利なもの」だけです。買主に有利な特約は有効のまま残ります。この書き方を片面的無効といい、8種制限の複数の条文に共通します。
無効の対象が2項に反する特約である点も確認してください。1項の額の制限に反する特約について、3項は何も言っていません。
無効になる特約の例
「買主は手付を放棄しても契約を解除することができない」という特約は、2項が与えた解除権を奪うので買主に不利であり、無効です。
「売主は手付と同額を返還すれば解除できる」という特約は、2項が求める倍額を半分に減らすので買主に不利であり、無効です。
「手付解除は契約締結の日から1週間以内に限る」という特約は、履行の着手前であれば解除できるという2項の枠を縮めるので買主に不利であり、無効です。
「売主が履行に着手した後も、買主は手付を放棄して解除できる」という特約は買主に有利なので有効です。ただし逆向きの「買主が履行に着手した後も、売主は倍額を提供して解除できる」は買主に不利なので無効です。同じ「着手後も解除できる」という形の特約でも、どちらの解除権を広げるかで結論が変わります。
有効になる特約の例
「売主から解除する場合は手付の3倍額を提供する」という特約は、買主が受け取る額が増えるので有利であり、有効です。
「買主は、売主が履行に着手した後であっても、契約締結後3か月間は手付を放棄して解除できる」という特約も、買主の解除権を広げるので有効です。
判断の手順は決まっています。まず2項が定める原則を確認し、その特約が原則と比べて買主の立場を悪くしているかを見る。悪くしていれば無効、良くしていれば有効です。
8種制限に共通する構造
片面的無効の書き方は、40条2項(契約不適合責任の特約の制限)や37条の2第4項(クーリング・オフ)にも見られます。8種制限が買主保護のための規定である以上、買主に有利な方向の合意まで禁じる理由がないためです。
一方、38条2項は「代金の額の十分の二をこえる部分について、無効とする」と、有利不利ではなく額で線を引いています。条文ごとに無効の書き方が違う点は、横断整理の対象になります。「8種制限の横断整理」で扱っています。
民法557条との違い
宅建業者が自ら売主でない売買には民法557条が適用されます。二つの条文の違いを軸ごとに整理します。
額の上限があるかないか
民法557条には手付の額の上限がありません。代金の半額を手付としても、民法上は有効です。宅建業法39条1項が代金の十分の二という上限を設けているのは、業者と一般消費者の間の交渉力の差を考慮したものです。
性質を上書きするかどうか
宅建業法39条2項には「いかなる性質のものであつても」という文言があり、民法557条1項にはありません。民法の場面では、当事者が解約手付ではない趣旨で授受したことが認められれば、解除権が留保されていないと解釈される余地があります。宅建業法の場面ではその余地がありません。
片面的無効規定があるかないか
宅建業法39条3項のような規定は民法557条にありません。民法の場面では、手付解除を制限する特約や、倍額を同額に減らす特約も、契約自由の原則により原則として有効です。
ただし書の文言は同じである
改正後は、どちらも「その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない」で共通しています。倍額の「現実に提供」も共通です。改正前はどちらも「当事者の一方が」「償還して」でした。二つの条文が並行して改められた、と押さえてください。
業者間取引では民法に戻る
78条2項により39条が適用されない業者間取引では、手付の扱いは民法557条によります。額に上限はなく、片面的無効の規定もありません。「宅建業者どうしなら手付解除ができない」わけではなく、民法のルールに戻るだけです。
保全措置とは別の規律である
41条・41条の2は返還を確保する規定
同じ「手付」という語を含むため混同されますが、41条・41条の2の手付金等の保全措置は、規律の目的が違います。
39条は手付という金銭の額と性質を規律します。41条・41条の2は、買主が引渡し前に支払った金銭が返ってくることを担保するための措置を求めます。前者は契約の内容の問題、後者は金銭の受領手続の問題です。
対象も違います。39条が対象とするのは手付だけですが、41条・41条の2が対象とする「手付金等」は、代金に充当される中間金や内金も含む累計です。
同じ事例で両方を判定する ― 代金4,000万円・工事完了前・手付800万円
具体的に確認します。宅建業者が自ら売主となり、宅建業者でない買主に、工事完了前の建物を代金4,000万円で売却し、手付800万円を受領しようとする場合です。
39条1項の判定。上限は4,000万円の十分の二で800万円です。受領しようとする額はちょうど800万円で、「超える額」ではないため、額の制限には違反しません。
41条の判定。工事完了前なので割合基準は代金の百分の五、すなわち200万円です。800万円はこれを超えます。政令で定める額(1,000万円)は下回りますが、条文は「かつ」なので両方を満たす必要があります。したがって保全措置が必要です。
結論として、この取引の手付の額は適法ですが、受領する前に保全措置を講じなければなりません。片方の判定だけで「適法」と結論を出すと誤ります。
逆に39条のほうが先に効く場合
同じ代金4,000万円の工事完了前の物件で、手付を850万円としたらどうなるか。
39条1項の上限は800万円なので、850万円は受領することができません。保全措置を講じたとしても、この上限は動きません。41条の判定に進む前に、39条で止まるということです。
保全措置は「受領の前に何をすべきか」を定める規定であって、受領できる額を増やす規定ではありません。保全措置の要否の判定手順や計算は「手付金等の保全措置」で詳しく扱っています。
試験での出題ポイント
上限の数字と境界を動かす肢
「代金の十分の一を超える手付を受領できない」は誤りです。十分の二です。「代金の十分の二未満でなければならない」も誤りで、条文は「超える額」を禁じているため、ちょうど十分の二は受領できます。
38条と合算させる肢
「損害賠償額の予定と手付の合計が代金の十分の二を超えてはならない」は誤りです。38条1項が合算を求めているのは損害賠償額の予定と違約金であって、手付は別の条文の別の枠です。
効果を無効と言い切る肢
39条1項には超過部分を無効とする明文がありません。この点を条文の構造として問われた場合、38条2項との書き分けを答えられるようにしておいてください。8種制限全体の効果の違いは「8種制限の横断整理」で整理しています。
「当事者の一方が」に戻す肢
「当事者の一方が履行に着手した後は解除できない」は、改正前の条文です。現行の39条2項ただし書は「その相手方が契約の履行に着手した後は」であり、自分が着手していても相手方が着手していなければ解除できます。
出題の典型は、買主が中間金を支払った(買主が着手した)あとに、買主のほうから手付を放棄して解除できるか、という形です。買主から見た相手方は売主であり、売主が着手していなければ解除できます。
「償還」で済ませる肢
「売主は手付の倍額を償還する旨を通知すれば解除できる」は誤りです。現行条文は「倍額を現実に提供して」であり、口頭の告知や通知だけでは足りません。
性質の合意で逃がす肢
「手付を違約手付とする旨を合意した場合、買主は手付を放棄して解除することはできない」は誤りです。39条2項は「いかなる性質のものであつても」と定めています。
特約の有利不利を反転させる肢
「売主は、買主が履行に着手した後も、手付の倍額を現実に提供して解除できる」という特約は、売主の解除権を広げるので買主に不利であり、39条3項により無効です。これを「買主に有利なので有効」とする肢が出ます。
逆に「買主は、売主が履行に着手した後も、手付を放棄して解除できる」という特約は買主に有利なので有効です。どちらの当事者の解除権を広げているかを毎回確認してください。
損害賠償を併存させる肢
「買主が手付を放棄して解除した場合、売主は別途損害賠償を請求できる」は誤りです。民法557条2項が545条4項の適用を排除しています。
適用の前提をずらす肢
「宅建業者Aが売主Bを代理して、宅建業者でないCに売却する場合、手付は代金の十分の二を超えてはならない」は誤りです。Aは自ら売主ではありません。
「宅建業者Aが自ら売主となり、宅建業者Bに売却する場合、代金の十分の二を超える手付を受領できない」も誤りです。78条2項により業者間取引には適用されません。宅建業法全体の出題傾向は「宅建業法の頻出論点」で扱っています。
覚え方・整理の仕方
39条を三つの項で分けて持つ
1項は額、2項は効力、3項は特約。この三語で条文の構造を持ちます。
1項は「十分の二を超える額を受領できない」という行為規制。2項は「いかなる性質でも解約手付」という効力の付与。3項は「2項に反する買主に不利な特約は無効」という片面的無効。3項が守っているのは2項であって1項ではないという点まで含めて覚えます。
解除の要件は「誰が・何を・いつまで」で三分する
誰が。買主なら放棄、売主なら倍額。何を。売主は現実に提供する。いつまで。相手方が着手するまで。
この三つを順に確認すれば、要件の抜けが起きません。特に三つ目は「相手方が」と口に出して確認する癖をつけてください。
改正で変わった二語をセットで覚える
2020年4月1日施行の改正で、39条2項と民法557条1項は同じ二か所が変わりました。「当事者の一方が」→「その相手方が」、「償還して」→「現実に提供して」です。
古い記述を見分ける二語として持っておくと、改正前の教材や解説に出会ったときに気づけます。二つの条文が並行して改められた点も、条文比較の問題に効きます。
有利不利は「原則と比べる」
特約の有効無効に迷ったら、条文が定める原則を先に書き出します。原則は「買主は放棄、売主は倍額の現実の提供、相手方の着手まで」です。
そのうえで、特約がこの原則から買主の立場をどちらに動かしたかを見ます。解除できる範囲が狭まる、受け取れる額が減る、期間が短くなる。いずれも不利なので無効。逆はすべて有効です。
「手付」と「手付金等」を別の語として扱う
39条の対象は手付、41条・41条の2の対象は手付金等です。文字が似ているので、問題文でどちらの語が使われているかを必ず確認してください。
手付は契約締結に際して授受される金銭、手付金等は契約締結後・引渡し前に支払われる代金充当性のある金銭の総称。中間金や内金は手付ではありませんが手付金等には含まれます。この一点を押さえるだけで、二つの条文の混同はかなり減ります。
8種制限の時系列に置く
契約締結の可否が33条の2、申込み直後の撤回が37条の2、契約条項の内容が38条・39条・40条、代金の受領が41条・41条の2、長期の履行が42条・43条。
39条は契約条項の内容を規律する段階にあります。この位置づけを持っておくと、41条との役割の違いが自然に出てきます。契約締結の可否は「自己の所有に属しない物件の売買制限」、申込み直後は「クーリング・オフ」、契約不適合責任の特約は「契約不適合責任の特約制限」、長期の履行は「割賦販売の解除等の制限」と「所有権留保等の禁止」で扱っています。売買全体の流れは「売買契約の流れ」を参照してください。
理解度チェッククイズ
Q1. 宅地建物取引業者Aが自ら売主となり、宅地建物取引業者でないBとの間で代金4,000万円の建物の売買契約を締結する場合、Aは手付として800万円を受領することができる。
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○。39条1項は「代金の額の十分の二を超える額の手付を受領することができない」と定めています。4,000万円の十分の二は800万円であり、ちょうど800万円は「超える額」に当たらないため受領できます。境界値は許容される側です。「代金の十分の二未満でなければならない」とする肢は誤りになります。なお、この物件が工事完了前のものであれば、41条により手付金等の保全措置が別途必要です(割合基準は代金の百分の五で200万円)。額の制限をクリアしていることと、保全措置が不要であることは別の話です。
Q2. 宅地建物取引業者Aが自ら売主となり、宅地建物取引業者でないBとの間で締結した売買契約において、手付を違約手付とする旨の特約を定めた場合、Bは手付を放棄して契約を解除することができない。
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×。39条2項は「その手付がいかなる性質のものであつても、買主はその手付を放棄して、当該宅地建物取引業者はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる」と定めています。当事者が違約手付や証約手付の趣旨で授受しても、条文が解約手付としての効力を与えます。さらに、仮に「買主は手付を放棄しても解除できない」という特約を置いたとしても、39条3項により買主に不利な特約として無効です。民法557条1項にはこの「いかなる性質のものであつても」という文言がないため、宅建業者が自ら売主でない売買では扱いが異なります。
Q3. 宅地建物取引業者Aが自ら売主となり、宅地建物取引業者でないBとの間で締結した売買契約において、Bが中間金を支払った後は、Aがまだ何ら履行に着手していなくても、Bは手付を放棄して契約を解除することができない。
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×。39条2項ただし書は「その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない」と定めています。Bから見た相手方はAです。Aが履行に着手していない以上、B自身が中間金の支払いという履行の着手をしていても、Bは手付を放棄して解除できます。自分の着手は自分の解除権を失わせません。この点は2020年4月1日施行の改正で条文が明確になった箇所で、改正前の39条2項は「当事者の一方が契約の履行に着手するまでは」という書き方でした。「当事者の一方が」と書かれた解説は改正前のものです。
Q4. 宅地建物取引業者Aが自ら売主となる売買契約において、「Aは、Bが履行に着手した後であっても、手付の倍額を現実に提供して契約を解除することができる」旨の特約を定めた場合、この特約は買主に有利なものとして有効である。
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×。この特約は売主Aの解除権を広げるものです。買主Bから見れば、本来なら自分が履行に着手した時点で売主からの解除を封じられるはずのところ、着手後も解除されうる状態に置かれます。39条2項が定める原則より買主の立場を悪くするため、39条3項により無効です。逆向きの特約、すなわち「Bは、Aが履行に着手した後であっても、手付を放棄して解除できる」は買主の解除権を広げるので有効です。同じ「着手後も解除できる」という形でも、どちらの解除権を広げるかで結論が反転します。判断は、条文の原則と比べて買主の立場が良くなるか悪くなるかで行います。
Q5. 宅地建物取引業者Aが自ら売主となる売買契約において、宅地建物取引業者でない買主Bが手付を放棄して契約を解除した場合、Aは、Bの解除によって生じた損害の賠償を請求することができる。
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×。民法557条2項は「第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない」と定めています。545条4項は「解除権の行使は、損害賠償の請求を妨げない」という規定なので、手付解除の場合には損害賠償請求ができません。手付解除は債務不履行を要件としない解除であり、放棄した手付または倍額の提供が解除の対価になっているためです。債務不履行を理由とする解除であれば545条4項により損害賠償請求が併存しますが、手付解除はこれとは別の制度です。なお、545条1項の原状回復義務は排除されていないため、既に授受された金銭等は返還されます。
まとめ
- 39条が働くのは、宅建業者が自ら売主となり、買主が宅建業者でない売買です。媒介・代理では適用されず、業者間取引にも適用されません(78条2項)。業者間では民法557条に戻ります。
- 39条1項は「代金の額の十分の二を超える額の手付を受領することができない」という行為の禁止です。ちょうど十分の二は受領できます。超過部分を無効とする明文は置かれていません。38条2項が「こえる部分について、無効とする」と明文を持つのとは書き方が違います。また、38条の十分の二(損害賠償額の予定と違約金の合算)と39条の十分の二は別々の枠であり、合算しません。
- 39条2項は「その手付がいかなる性質のものであつても」解約手付としての効力を与えます。違約手付や証約手付の合意があっても、解除権は条文によって発生します。民法557条1項にはこの文言がありません。
- 解除の要件は「誰が・何を・いつまで」です。買主は放棄、売主は倍額を現実に提供(口頭の告知では足りない)、そしてその相手方が履行に着手するまで。自分が着手していても相手方が着手していなければ解除できます。
- 2020年4月1日施行の改正で、39条2項と民法557条1項は同じ二か所が変わりました。「当事者の一方が」→「その相手方が」、「償還して」→「現実に提供して」。この二語が、改正前の記述を見分ける目印になります。
- 手付解除では損害賠償を請求できません。民法557条2項が545条4項(解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない)の適用を排除しているためです。545条1項の原状回復義務は排除されていません。債務不履行解除との決定的な違いです。
- 39条3項は片面的無効です。無効になるのは2項に反する特約のうち「買主に不利なもの」だけで、買主に有利な特約は有効です。判断は、条文の原則(放棄・倍額の現実の提供・相手方の着手まで)と比べて買主の立場が悪くなるかで行います。同じ「着手後も解除できる」という特約でも、売主の解除権を広げれば無効、買主の解除権を広げれば有効です。
- 41条・41条の2の保全措置とは別の規律です。39条は手付という金銭の額と性質、41条は買主が支払った金銭の返還の確保。対象も違い、39条は手付だけ、41条は中間金や内金を含む手付金等の累計です。代金4,000万円・工事完了前・手付800万円なら、39条はクリアしますが41条の保全措置は必要になります。逆に手付850万円なら、保全措置を講じても39条1項で受領できません。
宅建試験AIブートラボの肢別トレーニングでは、8種制限の過去問を条文ごとに絞り込んで演習できます。39条は「額」「効力」「特約」の三層と、解除要件の「誰が・何を・いつまで」を分けて当てはめる練習をすると、選択肢の細かい改変に気づけるようになります。