遺産分割協議|全員参加の原則と期間の上限
遺産分割協議は共同相続人の全員でするものです。907条1項の主語から全員参加の原則を導き、908条が定める分割禁止の5年と相続開始から10年という二重の上限、906条の2の処分財産、826条の特別代理人まで条文根拠つきで整理します。
目次
この記事は、遺産分割のうち協議という手続そのものを扱います。誰が参加するのか、いつまでにできるのか、参加できない相続人がいるとどうなるのか、という問いに答えるものです。
分割の効果、すなわち909条の遡及効と899条の2の対抗要件、そして不動産登記法76条の2の相続登記の申請義務については、相続した不動産の基礎と相続が扱っています。住所等変更登記も含めた登記の申請義務全体は住所等変更登記の義務化にあります。この記事は、それらの手前にある協議の成立という段階に絞ります。
先に結論を述べます。遺産分割協議は、共同相続人の全員でするものです。907条1項の主語が「共同相続人は」であることから導かれる原則で、一部の相続人を除外した協議は、そもそも同項が想定する協議に当たりません。したがって手続は、相続人を確定させることから始まります。
そしてもう一つ。「いつでも分割できる」という原則には、条文自体に例外が組み込まれています。907条1項は「次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも」と書いています。除外事由が本文の中にあるのです。そして908条が定める禁止の期間には、5年という単位の上限と、相続開始の時から10年という通算の上限という二重の枠がかかっています。ここは2023年4月1日施行の改正で整備された部分で、古い記述と食い違うことがあります。
なお本記事は2026年4月1日時点で施行されている条文に基づきます。宅建試験は当該年度の4月1日現在施行の法令から出題されるためです。民法は令和8年法律第45号により2026年6月24日にも改正が施行されていますが、本則の条文に変更はありません。
遺産分割は何をする手続か
位置づけから確認します。
相続開始と同時に共有になる
896条は、相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めています(一身専属のものを除く)。手続は要りません。死亡という事実だけで承継が起こります。
相続人が複数いる場合、898条1項が「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する」と定めています。放置していても共有になります。同条2項は、共有に関する規定を適用するときは900条から902条までにより算定した相続分をもって各相続人の共有持分とするとしています。
共有を解消して個別に帰属させる
この共有状態は、そのままでは使いにくい状態です。処分には共有者全員の同意が要り、管理には持分の過半数が要ります(共有)。放置すれば数次相続で共有者が増えていきます。
遺産分割は、この共有を解いて、各財産を各相続人に帰属させる手続です。
906条が分割の基準を示している
906条は「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする」と定めています。
機械的に持分で割るのではなく、事情を考慮せよという規定です。不動産のように物理的に分けにくい財産、事業用資産のように分けると価値が落ちる財産があるためです。分割の具体的な方法、すなわち現物分割・代償分割・換価分割・共有分割の選択については相続した不動産の基礎で扱っています。
決め方は三つある
分割の内容がどう決まるかには三つの経路があります。被相続人の遺言による指定(908条1項)、共同相続人の協議(907条1項)、家庭裁判所の調停・審判(907条2項)です。
遺言があればそれが優先し、なければ協議、協議が調わなければ家庭裁判所へ、という順序になります。遺言の方式そのものは遺言の方式にあります。
この記事が扱うのは、真ん中の協議です。
協議は「共同相続人」がするもの
907条1項を読みます。
条文の主語
907条1項はこうです。「共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。」
主語は「共同相続人」です。一部の相続人ではなく、共同相続人という集合が主語になっています。
全員が参加しなければならない
ここから、遺産分割協議には共同相続人の全員が参加しなければならないという原則が導かれます。条文が「共同相続人は……その協議で」としている以上、一部の者を除外して行われた話し合いは、907条1項が定める協議に当たりません。
実質的な理由も明快です。遺産分割は共有関係を解消して各財産の帰属を確定させる行為であり、共有者の一人を除外して共有関係を処分することはできないからです。除外された相続人の持分を、本人の関与なしに動かすことになってしまいます。
一部を欠いた協議はどうなるか
したがって、共同相続人の一部を除外して行われた遺産分割協議は、遺産分割協議としての効力を生じません。あとから相続人が判明した場合、その協議は成立していなかったことになります。
よくある場面が、被相続人に前婚の子がいた、認知した子がいた、というケースです。戸籍を丹念にたどらなければ判明しないことがあり、判明した時点で協議をやり直すことになります。
「知らなかったから有効」とはなりません。相続人の確定を怠ったことのリスクは、協議をした側が負います。
だから相続人の確定が先に来る
以上から、手続の順序が決まります。協議を始める前に、相続人が誰かを確定させる必要があります。
相続人の範囲は、890条により配偶者が常に相続人となり、血族相続人は887条の子、889条1項1号の直系尊属、同項2号の兄弟姉妹という順位で決まります。代襲相続の範囲まで含めた確定が必要で、被相続人の出生から死亡までの戸籍を追う作業になります。相続人の範囲と法定相続分は相続にまとめてあります。
包括受遺者も加わる
見落とされやすい点があります。990条は「包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有する」と定めています。
したがって、遺産の全部または一定の割合を包括して遺贈された者がいる場合、その包括受遺者も遺産分割協議に加わります。相続人ではないから関係ない、とはなりません。特定の財産を指定した特定遺贈の受遺者とは扱いが違う点に注意してください。
相続放棄をした者は加わらない
逆に、協議から外れる者もいます。939条は「相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」と定めています。
放棄した者は最初から相続人でなかった扱いになるので、共同相続人に含まれません。協議に参加させる必要はなく、参加していなくても協議の効力に影響しません。ただし、放棄によって次順位の者が相続人になることがあり、その場合はその者が協議に加わります。放棄の要件と手続は相続放棄と限定承認にあります。
参加に問題がある相続人がいる場合
全員そろえるという原則は、現実には簡単ではありません。条文が用意している手当てを見ます。
未成年の子と親権者がともに相続人である場合
典型的な場面があります。父が死亡し、母と未成年の子が相続人になったケースです。
未成年者は単独で有効に遺産分割協議をすることができないため、親権者が代理することになります。しかし親権者である母自身も相続人です。母が自分の取り分を増やせば子の取り分が減るという関係にあり、利益が相反します。
826条1項はこう定めています。「親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。」
「請求することができる」ではなく「請求しなければならない」と書かれています。義務です。特別代理人が選任され、その特別代理人が子を代理して協議に加わることになります。
未成年の子が複数いる場合
さらに826条2項があります。「親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。」
子が2人いれば、子どうしの間でも取り分の配分は利益相反になります。親権者が両方を代理することはできません。子の人数に応じて特別代理人が必要になるという構造です。
制限行為能力者の制度全般は制限行為能力者制度で扱っています。
判断能力を欠く相続人がいる場合
相続人の中に、認知症などにより判断能力を欠く常況にある人がいる場合、その人は有効に協議をすることができません。成年後見人が選任されていればその後見人が代理しますが、後見人自身も相続人であれば、やはり利益相反の問題が生じます。
行方不明の相続人がいる場合
相続人の所在が分からない場合、その人を欠いたまま協議をすることはできません。民法が用意しているのは二つの制度です。
25条1項は、従来の住所または居所を去った者が財産の管理人を置かなかったときは、家庭裁判所が利害関係人または検察官の請求により、その財産の管理について必要な処分を命ずることができると定めています。不在者財産管理人の選任です。
30条1項は、不在者の生死が7年間明らかでないときは、家庭裁判所が利害関係人の請求により失踪の宣告をすることができると定めています。2項は、戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中にあった者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者について、危難が去った後1年間としています。失踪宣告の詳細は失踪宣告にあります。
全員そろえることの重さ
これらを並べると、「相続人全員の合意」という一言の重さが見えてきます。相続人が多数いれば連絡だけで時間がかかり、未成年者がいれば家庭裁判所の手続が挟まり、行方不明者がいればさらに別の手続が要ります。
相続登記の申請義務(不動産登記法76条の2)の期間が3年と長めに設定され、しかも相続人申告登記(76条の3)という簡易な受け皿が用意されているのは、この困難を前提としたものです。自分ひとりでは終わらない手続だから、期間が長く、代替手段がある。この対応関係は住所等変更登記の義務化で、住所変更登記との対比として扱っています。
「いつでもできる」には条文上の例外がある
907条1項の「いつでも」を正確に読みます。
除外事由が本文に組み込まれている
907条1項は「共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる」と定めています。
「いつでも」の前に除外事由が置かれています。ただし書ではなく、本文の中に組み込まれた形です。原則と例外が一文に収まっているので、条文を最後まで読まないと例外を落とします。
なお「遺産の全部又は一部の分割をすることができる」とある点も押さえてください。一部分割が明文で認められています。すべてを一度に決めなければならないわけではありません。
908条1項 遺言による分割の禁止
908条1項はこう定めています。「被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。」
一つの項に三つの権能が並んでいます。分割方法の指定、その指定の第三者への委託、そして分割の禁止です。禁止できる期間は相続開始の時から5年を超えない範囲です。
908条2項 共同相続人の契約による禁止
2項はこうです。「共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。」
ここに二重の上限があります。一回の契約で定められるのは5年以内。そして、その期間の終わりが相続開始から10年を超えてはならない。相続開始から8年経った時点で契約をするなら、定められるのは2年までということになります。
908条3項 契約の更新
3項は「前項の契約は、五年以内の期間を定めて更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない」と定めています。
更新が認められていますが、更新後も相続開始から10年という枠は動きません。何度更新しても10年で頭打ちです。
908条4項・5項 家庭裁判所による禁止
4項は「前条第二項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない」と定めています。
5項は「家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて前項の期間を更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない」としています。
2項・3項とまったく同じ構造です。5年以内、更新可、通算で相続開始から10年まで。
「5年ずつ、通算10年まで」という一つの型
以上を整理します。908条には四つの禁止の場面がありますが、期間の扱いは二種類です。
1項の遺言による禁止だけが、相続開始の時から5年を超えない期間という単独の枠です。更新の規定はありません。被相続人はすでに死亡しており、あとから更新する主体が存在しないからです。
2項から5項までの三つ、すなわち共同相続人の契約とその更新、家庭裁判所による禁止とその更新は、いずれも「5年以内」かつ「終期は相続開始から10年を超えない」という同じ枠です。
「遺言は5年で更新なし、それ以外は5年ずつ通算10年まで」と覚えると、四つの項が二つに畳めます。
なぜ10年なのか
この10年という数字は、遺産分割の別の場面と対応しています。
904条の3は「前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない」と定めています。前三条とは特別受益と寄与分に関する規定であり、10年を過ぎると具体的相続分ではなく法定相続分または指定相続分によることになります。
ただし同条ただし書に例外が二つあります。1号が、相続開始の時から10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。2号が、10年の期間の満了前6か月以内に遺産の分割を請求できないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に請求したときです。
908条の禁止が10年で打ち止めになるのは、904条の3の10年と揃えているためです。分割を禁止できる期間が10年を超えると、禁止が解けた時点ですでに具体的相続分を主張できなくなっているという不整合が生じます。長期の未分割を解消するという政策目的が、二つの条文に共通して現れています。
協議が調わないとき
907条2項が受け皿を定めています。
家庭裁判所への請求
2項はこうです。「遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。」
二つの場合が並べられています。「調わない」は話し合ったがまとまらない場合、「することができない」は行方不明者がいるなどで話し合い自体ができない場合を指します。どちらでも家庭裁判所に請求できます。
主語が「各共同相続人」である点も重要です。協議は全員でするものですが、家庭裁判所への請求は各相続人が単独でできます。全員の合意がなくても手続を前に進められるようにした規定です。
一部分割にはただし書がある
2項にはただし書があります。「ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。」
一部だけを先に分けると、残った遺産では調整がつかなくなることがあります。価値の高い財産だけ先に分けてしまえば、残りで公平を図る余地がなくなるためです。そこで、他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合には、一部分割の請求はできないとされています。
協議による一部分割(1項)には、このただし書がありません。全員が合意しているのであれば、不公平が生じても自己決定の範囲だからです。家庭裁判所に請求する場合にだけ制限がかかるという違いを押さえてください。
調停と審判
家庭裁判所での手続は、実務上まず調停が行われ、調停が成立しなければ審判に移行する流れになります。審判では906条の基準に従って裁判所が分割を定めます。
分割の対象は動くことがある
協議の対象となる遺産の範囲についても、条文が手当てをしています。
遺産分割前に処分された財産(906条の2第1項)
相続開始後、遺産分割の前に、遺産に属する財産が処分されてしまうことがあります。預金が引き出された、不動産が売られた、といった場合です。
処分された財産は分割時には存在しないので、原則としては分割の対象になりません。しかしそれでは、処分した者が得をします。
906条の2第1項はこう定めています。「遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。」
処分された財産を、なお遺産として存在するものとして扱えるという規定です。
処分した本人の同意は要らない(2項)
ここに重要な例外が置かれています。2項はこうです。「前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。」
処分をした共同相続人の同意は不要です。
理由は明快です。1項が全員の同意を要求している以上、処分した本人が同意を拒めば、この規定はまったく機能しません。自分が引き出した預金を遺産に戻す扱いに、本人が同意するとは考えにくいからです。制度が機能するために、加害者側の同意を外しているという構造です。
出題されるとすれば、「共同相続人の一人が処分した場合であっても、その者を含む全員の同意が必要である」という形の肢になります。誤りです。
預貯金債権の払戻し(909条の2)
もう一つ、分割の前に遺産の一部を動かせる場面があります。
909条の2は、各共同相続人が、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に自己の法定相続分を乗じた額について、単独でその権利を行使することができると定めています。ただし、預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額が限度とされています。
葬儀費用や当面の生活費のための制度です。そして同条後段は、権利行使をした預貯金債権については、その共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなすとしています。あとで清算されるということです。この制度の詳細は相続で扱っています。
協議が成立したあとに何が起きるか
この記事の範囲の外になりますが、接続だけ示しておきます。
遡及効とその限界
909条は「遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない」と定めています。分割で不動産を単独取得した相続人は、相続開始の時からその不動産を所有していたことになります。
ただし書があるため、分割前に他の相続人の持分について権利を取得した第三者には遡及効を主張できません。そして第三者との優劣は899条の2で決まります。同条1項は、相続による権利の承継は遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、900条・901条により算定した相続分を超える部分については登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないと定めています。
遡及効があるのに登記が要るという一見矛盾する関係は、909条ただし書が取引の安全に配慮していることと、899条の2がその配慮を具体化したものであることから理解できます。詳しくは相続した不動産の基礎で扱っています。
相続登記の申請義務
不動産登記法76条の2第1項は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ当該所有権を取得したことを知った日から3年以内の登記申請を義務づけ、同条2項は、遺産分割があったときは遺産分割の日から3年以内の登記申請を義務づけています。正当な理由なく怠れば164条1項により10万円以下の過料です。
協議が成立したら、そこから3年という新しい期間が始まるという点だけ押さえておいてください。制度の全体は住所等変更登記の義務化と不動産登記法にあります。
協議書の作成
907条1項は協議の方式について何も定めていません。書面によることは条文上の要件ではありません。
もっとも、相続登記を申請する際には遺産分割の内容を証する書面が必要になるため、実務では遺産分割協議書を作成し、相続人全員が署名して実印を押し、印鑑証明書を添付します。条文上の要件ではないが、登記のために必要になるという関係です。
遺産分割協議と相続放棄は別のもの
混同が多い点なので、独立して確認します。
取り分をゼロとする協議
遺産分割協議で、ある相続人の取り分をゼロと定めることができます。「私は何も要らない」という形の合意です。
これは相続放棄ではありません。遺産分割協議の一態様にすぎません。
債務は法定相続分のまま残る
違いが出るのは債務です。遺産分割協議は共同相続人の間の合意であり、債権者を拘束しません。取り分をゼロとする協議をしても、相続債務は法定相続分に応じて負担したままです。債権者から請求されれば支払わなければなりません。
これに対し相続放棄をすれば、939条により初めから相続人とならなかったものとみなされるので、債務も承継しません。
方式も違う
938条は「相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない」と定めています。方式が法定されています。
遺産分割協議には方式の定めがありません。家庭裁判所は関与しません。
取り分ゼロの協議は当事者間の合意、相続放棄は家庭裁判所への申述。債務の帰趨が違うのはこの差から来ています。相続放棄の詳細は相続放棄と限定承認にあります。
試験での出題ポイント
協議の当事者を欠く肢
「相続人の過半数の合意で遺産分割協議は成立する」「一部の相続人が反対しても多数決で決められる」といった肢は誤りです。907条1項の主語は「共同相続人」であり、全員が当事者になります。
逆に、包括受遺者を外す肢にも注意してください。990条により包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するため、協議に加わります。相続放棄をした者は939条により初めから相続人でなかったものとみなされるので、加わりません。
908条の期間を単純化する肢
「遺産分割を禁止する期間は、いずれの場合も5年を超えることができない」という肢は、不正確です。5年という単位の上限は共通ですが、2項から5項までには更新が認められており、通算では相続開始から10年まで可能です。
逆に「共同相続人の契約により、相続開始から15年間分割を禁止することができる」という肢も誤りです。2項ただし書が終期を相続開始から10年に切っています。
遺言による禁止(1項)に更新の規定がない点も、入れ替えの対象になります。
907条2項の主語
「協議が調わないときは、共同相続人の全員が共同して家庭裁判所に分割を請求しなければならない」という肢は誤りです。2項は「各共同相続人は……請求することができる」としており、単独でできます。協議は全員、家裁への請求は単独。主語が変わる点が急所です。
一部分割のただし書をどちらに付けるか
907条1項は協議による一部分割を無条件に認めていますが、2項ただし書は、他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合の一部分割の請求を制限しています。制限がかかるのは家庭裁判所への請求のほうです。これを協議のほうに付ける肢は誤りになります。
906条の2第2項
「共同相続人の一人が遺産分割前に遺産を処分した場合、その財産を遺産として存在するものとみなすには、処分をした者を含む共同相続人全員の同意が必要である」は誤りです。2項が、処分をした共同相続人については同意を得ることを要しないとしています。
特別代理人
「親権者と未成年の子がともに相続人である場合、親権者が子を代理して遺産分割協議をすることができる」は誤りです。826条1項は利益相反行為について特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならないと定めており、「しなければならない」と義務の形で書かれています。子が複数いる場合の826条2項もあわせて確認してください。
遺産分割協議と相続放棄の混同
「遺産分割協議で相続財産を一切取得しないこととした相続人は、相続債務も負担しない」は誤りです。協議は共同相続人間の合意にとどまり、債権者を拘束しません。債務を免れるには938条の申述による相続放棄が必要です。権利関係の頻出論点は権利関係の頻出論点にあります。
覚え方・整理の仕方
主語を追う
この論点は、条文の主語を追うだけで大半が処理できます。907条1項は「共同相続人は」だから全員。907条2項は「各共同相続人は」だから単独。
908条も同じです。1項は「被相続人は」、2項は「共同相続人は」、4項は「家庭裁判所は」。誰が禁止するのかで項が分かれています。
908条は「遺言だけ別、あとは同じ」
四つの禁止を二つに畳みます。1項の遺言による禁止は、相続開始から5年以内で更新なし。2項から5項までは、5年以内・更新可・通算で相続開始から10年まで。
更新の規定が遺言にないのは、被相続人が死亡していて更新の主体がいないからです。理由から入れば取り違えません。
10年は904条の3と揃っている
908条の通算上限10年は、904条の3が定める「相続開始から10年を経過した後の遺産分割は原則として法定相続分による」という区切りに対応しています。
長期未分割を解消するという同じ目的が、禁止期間の上限と具体的相続分の主張期限の両方に現れている。この対応を持っておくと、二つの10年を別々に覚える必要がなくなります。
「全員」が要る場面と要らない場面
協議の成立は全員。家庭裁判所への請求は単独(907条2項)。預貯金の払戻しも単独(909条の2)。906条の2第1項のみなしは全員だが、処分した本人は除く(同条2項)。
「全員」と書いてあるところを探し、そこに例外が付いていないかを確認する。この読み方で、同意の要否を問う肢に対応できます。
協議は方式自由、放棄は要式
遺産分割協議に方式の定めはなく、相続放棄は938条により家庭裁判所への申述が必要。方式が法定されているかどうかが、二つを分ける外形的な目印になります。そして債務の帰趨が違う、という帰結までセットで持ってください。
理解度チェッククイズ
問1 遺産分割協議は、共同相続人のうち連絡が取れる者の全員が合意すれば有効に成立し、後から判明した相続人は自己の法定相続分に相当する価額の支払を請求できるにとどまる。
答え:×。907条1項は「共同相続人は……その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる」と定めており、協議の当事者は共同相続人の全員です。一部の相続人を除外して行われた話し合いは、同項が定める協議に当たらず、遺産分割協議としての効力を生じません。価額の支払で処理されるという規定も置かれていません。遺産分割は共有関係を解消して各財産の帰属を確定させる行為であり、共有者の一人を除外して共有関係を処分することはできないからです。したがって手続は相続人の確定から始める必要があり、被相続人の出生から死亡までの戸籍をたどる作業が前提になります。なお990条により包括受遺者も相続人と同一の権利義務を有するため協議に加わり、939条により相続放棄をした者は初めから相続人とならなかったものとみなされるため加わりません。
問2 共同相続人は、5年以内の期間を定めて遺産の分割をしない旨の契約をすることができ、この契約は更新することができるが、更新後の期間の終期は相続開始の時から10年を超えることができない。
答え:○。908条2項が「共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない」と定め、3項が「前項の契約は、五年以内の期間を定めて更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない」と定めています。5年という単位の上限と、相続開始から10年という通算の上限の二重構造です。同じ構造が4項の家庭裁判所による禁止と5項のその更新にもあります。これに対し1項の遺言による禁止は「相続開始の時から五年を超えない期間」とされ、更新の規定がありません。被相続人が死亡している以上、更新の主体が存在しないためです。通算10年という枠は、904条の3が定める10年の区切りと揃えられています。
問3 遺産の分割について共同相続人間に協議が調わないときは、共同相続人の全員が共同して、その分割を家庭裁判所に請求しなければならない。
答え:×。907条2項は「遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる」と定めています。主語は「各共同相続人」であり、単独で請求できます。協議は全員でしなければ成立しませんが、家庭裁判所への請求まで全員の足並みを要求すると、まとまらない場合に手続が完全に止まってしまうため、単独での請求が認められています。協議は全員、家裁への請求は単独という主語の切り替わりが急所です。なお同項ただし書は、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合の一部分割の請求を制限していますが、この制限は1項の協議による一部分割には及びません。
問4 遺産の分割前に共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分した場合、その財産を遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすには、当該処分をした者を含む共同相続人全員の同意が必要である。
答え:×。906条の2第1項は共同相続人全員の同意によりみなすことができるとしていますが、同条2項が「前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない」と定めています。処分をした本人の同意は不要です。理由は制度が機能するためです。1項が全員の同意を要求している以上、処分した本人が同意を拒めばこの規定はまったく働きません。自分が引き出した預金を遺産に戻す扱いに本人が同意することは期待できないため、その者を同意の枠から外しています。
問5 親権者である母と未成年の子1人が共同相続人である場合、母は子の法定代理人として、自らと子を代理して遺産分割協議をすることができる。
答え:×。母と子はいずれも共同相続人であり、母の取り分が増えれば子の取り分が減るという関係にあるため、遺産分割協議は826条1項の利益相反行為に当たります。同項は「親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない」と定めており、「することができる」ではなく義務の形で書かれています。選任された特別代理人が子を代理して協議に加わります。また826条2項により、親権者が数人の子に親権を行う場合において子の一人と他の子との利益が相反するときも、その一方のために特別代理人の選任を請求しなければなりません。未成年の子が複数いれば、その人数に応じて特別代理人が必要になります。
まとめ
協議の当事者は共同相続人の全員である。907条1項の主語が「共同相続人」であることから導かれます。一部を除外した話し合いは同項の協議に当たりません。990条により包括受遺者も加わり、939条により相続放棄をした者は加わりません。だから手続は相続人の確定から始まります。
参加に問題がある相続人には条文上の手当てがある。親権者と未成年の子がともに相続人であれば826条1項により特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければならず、子が複数なら同条2項により人数に応じて必要になります。行方不明者がいれば25条の不在者財産管理人、生死不明が7年続けば30条の失踪宣告という経路があります。
「いつでも分割できる」には条文上の例外が組み込まれている。907条1項本文が、908条1項の遺言による禁止と同条2項の契約による禁止を除外事由として掲げています。あわせて同項は遺産の一部分割を明文で認めています。
908条の期間は二種類に畳める。1項の遺言による禁止は相続開始から5年以内で更新なし。2項から5項までの契約・家庭裁判所による禁止とその更新は、5年以内・更新可・終期は相続開始から10年まで。通算10年という枠は、904条の3が定める10年と揃えられています。
協議が調わないときは各共同相続人が単独で家庭裁判所に請求できる(907条2項)。ただし同項ただし書により、他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合の一部分割の請求は制限されます。この制限は協議による一部分割には及びません。
分割前に処分された財産も対象にできる。906条の2第1項は共同相続人全員の同意によるみなしを認め、2項は処分をした共同相続人の同意を不要としています。また909条の2により、預貯金債権の一部は分割前でも単独で払い戻せます。
取り分ゼロの協議は相続放棄ではない。協議は共同相続人間の合意にとどまり債権者を拘束しないため、相続債務は法定相続分に応じて負担したまま残ります。債務を免れるには938条の家庭裁判所への申述が必要です。
よくある質問
Q. 遺産分割協議書は必ず作らなければならないのですか。
A. 907条1項は協議の方式について何も定めていないため、書面によることは条文上の要件ではありません。ただし相続登記を申請する際には遺産分割の内容を証する書面が必要になるため、実務では相続人全員が署名し実印を押した協議書を作成し、印鑑証明書を添付します。条文上の要件ではないが、登記のために必要になるという関係です。
Q. 協議のあとで新たに相続人が見つかった場合はどうなりますか。
A. その協議は907条1項が定める協議として成立していなかったことになります。共同相続人の全員が当事者でなければならないためです。新たに判明した相続人を加えて、あらためて協議をすることになります。前婚の子や認知した子が後から判明する場合が典型で、相続人の確定を怠ったリスクは協議をした側が負います。
Q. いったん成立した協議をやり直すことはできますか。
A. 民法に、協議の解除ややり直しを正面から定めた規定はありません。共同相続人の全員が合意して改めて分割の内容を定めること自体は、当事者の合意として可能と考えられます。ただし、すでに登記が移転していたり第三者が権利を取得していたりする場合には、その第三者との関係が別途問題になります。909条ただし書と899条の2の枠組みは相続した不動産の基礎で扱っています。
Q. 遺言があれば遺産分割協議はできないのですか。
A. 908条1項により被相続人が遺言で分割を禁じている場合には、その期間中は協議ができません。禁止の遺言がなく、分割方法の指定にとどまる場合の扱いは、指定の内容によります。なお相続人全員が遺言と異なる分割に合意する場合の可否は条文が正面から定めておらず、遺言執行者の有無なども関係します。遺言の効力と執行は遺言の方式を参照してください。
Q. 相続開始から10年を過ぎると遺産分割はできなくなるのですか。
A. できなくなるわけではありません。904条の3が定めているのは、10年を経過した後にする遺産分割について特別受益と寄与分の規定を適用しないという内容で、分割そのものを禁じるものではありません。10年を過ぎると具体的相続分ではなく法定相続分または指定相続分によることになる、という効果です。ただし同条ただし書に二つの例外があり、10年を経過する前に家庭裁判所に分割を請求したとき、および期間満了前6か月以内にやむを得ない事由があってその消滅から6か月以内に請求したときは、従前どおり扱われます。
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