宅建試験AIブートラボ 宅建試験AIブートラボ

相続放棄と限定承認|熟慮期間3か月と単純承認

権利関係 読了 約40分

相続人の選択肢は単純承認・限定承認・相続放棄の3つで、何もしなければ単純承認とみなされます。熟慮期間3か月の起算点、法定単純承認の3事由、限定承認の全員共同、放棄の遡及効と代襲相続を条文から整理します。

目次

    本記事の役割 — この記事は相続の承認と放棄、すなわち相続人が相続財産を引き受けるかどうかを決める場面だけを扱います。誰が相続人になるか、法定相続分がいくらかという前提は相続|相続人の範囲・法定相続分・遺留分に、相続した不動産の登記と対抗要件は相続と不動産の基礎にまとめてあります。

    相続の承認と放棄を、3つの選択肢の暗記として覚えると崩れます。単純承認、限定承認、相続放棄。この3つを横に並べて要件と効果を対比する整理は、一見わかりやすいのですが、制度の設計を取り違えています。

    この制度の本体は、「何もしなかった場合にどうなるか」のほうにあります。民法921条2号は、相続人が熟慮期間内に限定承認も相続放棄もしなかったときは、単純承認をしたものとみなすと定めています。つまり、3つの選択肢は対等に並んでいるのではありません。黙っていれば、被相続人の借金まで無限に引き受ける単純承認が自動的に成立する。限定承認と相続放棄は、その既定路線から降りるために、期間内に、決められた方式で、積極的に動かなければならない例外です。

    この非対称が、3か月という期間の意味を決めています。3か月は「考えてよい猶予」ではなく、「動かなければ最も重い効果が確定する期限」です。起算点が条文でどう書かれているか、期間内の行為がどう評価されるか、期間を過ぎたらどうなるか。すべてこの構造から出てきます。

    この記事では、その構造を軸に、条文の順序に沿って承認と放棄を整理します。

    なお、権利関係という科目の中で、承認・放棄が正面から1問まるごと問われる頻度は高くありません。多くは法定相続分を計算させる問題の前提として、「子のうち1人が放棄した」という条件で顔を出します。権利関係の全体像で述べたとおり、権利関係は満点を狙う科目ではありません。この分野については、放棄が相続人の顔ぶれと相続分をどう動かすかを確実に処理できることが第一で、限定承認の清算手続の細部は深追いする領域ではないと割り切って構いません。どこで止めるかの判断は宅建の合格戦略の考え方に沿います。

    三つの選択肢と、選ばなかった場合の帰結

    相続は死亡によって当然に始まる

    出発点を確認します。民法882条は、相続は、死亡によって開始すると定めます。相続人の側の意思も、手続も、通知も要りません。人が死亡した瞬間に相続は開始しています。失踪宣告を受けた者が死亡したものとみなされる場合も同じで、こちらは失踪宣告で扱っています。

    そして896条は、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めます。ただし書で被相続人の一身に専属したものが除かれるだけで、それ以外はすべてです。「一切の権利義務」には債務が含まれます。プラスの財産だけを選んで承継することはできません。

    ここが承認・放棄という制度が必要になる理由です。相続人の意思と無関係に、死亡と同時に債務まで承継してしまう。この結果を相続人が甘受しなければならないとすると酷なので、民法は一定期間内に限って、承継を限定したり、承継そのものを覆したりする手段を用意しました。それが限定承認と相続放棄です。

    三つの選択肢の中身

    単純承認は、承継をそのまま受け入れることです。920条は、相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継すると定めます。「無限に」という言葉が示すとおり、相続財産の額を超える債務も、相続人固有の財産で弁済しなければなりません。積極財産が1,000万円、債務が1,500万円なら、差額の500万円は相続人自身の財布から払うことになります。

    限定承認は、承継はするけれども、弁済の責任を相続財産の範囲に閉じ込めることです。922条は、相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務および遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができると定めます。地位を承継する点は単純承認と同じで、責任の範囲だけが限定されるという構造です。

    相続放棄は、承継そのものを覆すことです。939条は、相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなすと定めます。責任の限定ではなく、相続人という地位からの離脱です。

    何もしなければ単純承認になる

    そのうえで921条2号です。相続人が915条1項の期間内に限定承認または相続の放棄をしなかったときは、単純承認をしたものとみなす。

    条文の書き方に注目してください。「単純承認をしたとき」と書かず、「限定承認または相続の放棄をしなかったとき」と書いています。単純承認には、限定承認の924条や放棄の938条にあたる方式の規定がありません。家庭裁判所に申述する必要も、書面を作る必要もない。何もしないことが、そのまま単純承認になる。

    この設計は、相続の効果を早期に確定させ、相続債権者の地位を安定させるためのものです。相続人がいつまでも態度を決めないと、被相続人に金を貸していた者は誰に請求してよいかわからず、待たされ続けます。期間を切って、動かなかった相続人には最も重い効果を割り当てる。そうすることで、3か月経てば債権者は相続人に無限責任を追及できる状態になります。

    したがって、この分野で最初に押さえるべきは3つの選択肢の対比ではなく、「原則は単純承認、限定承認と放棄は期間内に手を挙げた者だけの例外」という上下関係のほうです。

    撤回はできない

    もう一点、選択の重さを支える規定があります。919条1項は、相続の承認および放棄は、915条1項の期間内でも、撤回することができないと定めます。

    「熟慮期間はまだ残っているのだから、気が変わったら戻せるのではないか」と考えたくなりますが、条文はそれを明示的に封じています。期間が残っていることと、撤回できることは別です。一度した放棄は、翌日に思い直しても撤回できません。

    ただし919条2項は、総則編および親族編の規定による取消しを妨げないとしています。撤回は理由のない翻意、取消しは意思表示に瑕疵がある場合の是正で、両者は別物です。詐欺や強迫によって放棄させられたのであれば取り消せます。制限行為能力を理由とする取消しもここに含まれます。

    そして3項が期間を切ります。この取消権は、追認をすることができる時から6か月間行使しないときは時効によって消滅し、承認または放棄の時から10年を経過したときも同様です。取消し一般の期間(126条)とは数字が違うので、混ぜないでください。

    さらに4項は、限定承認または相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならないと定めます。取消しにも家庭裁判所が関与するという点です。

    熟慮期間の起算点

    「自己のために相続の開始があったことを知った時」

    915条1項本文はこう定めます。相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。

    この分野で最も出題されるのが、この起算点です。「相続開始の時から」ではありません。条文は「自己のために相続の開始があったことを知った時から」と書いています。

    違いは決定的です。相続は死亡によって当然に開始しますが(882条)、相続人がそれを知っているとは限りません。長年疎遠だった親族が亡くなった場合、死亡の事実を数か月後に知ることもあります。もし起算点が死亡時だったら、知らないうちに熟慮期間が満了し、921条2号で単純承認が成立してしまいます。知らないまま無限責任を負わされる事態を避けるために、条文は主観的な起算点を採用しています。

    「自己のために相続の開始があったことを知った時」という言い回しも正確に読んでください。被相続人の死亡を知っただけでは足りず、それによって自分が相続人になったことまで知る必要があるという趣旨です。先順位の相続人がいると思っていた者が、その者の放棄によって自分が相続人になったと知った場合、その時点が起算点になります。

    条文の言い回しの差を意識する

    この主観的起算点が特徴的であることは、同じ相続編の別の条文と比べるとよくわかります。

    941条1項は財産分離の請求について、相続債権者又は受遺者は、相続開始の時から三箇月以内に、相続人の財産の中から相続財産を分離することを家庭裁判所に請求することができる、と定めています。同じ「三箇月」でも、こちらは「相続開始の時から」という客観的な起算点です。

    なぜ違うのか。財産分離を請求するのは相続債権者や受遺者、つまり相続人の外にいる者です。被相続人と取引関係にあった以上、死亡の事実は把握できる立場にあります。これに対して熟慮期間は、相続人を保護するための期間です。保護すべき対象が違えば、起算点の立て方も変わる。

    この対比を覚えておくと、「相続開始の時から3か月以内に相続の放棄をしなければならない」という選択肢に反射的に反応できます。数字が合っていても、起算点が違えば誤りです。

    なお、相続登記の申請義務(不動産登記法76条の2)の3年も、「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から」という二重の主観的起算点です。こちらは相続と不動産の基礎遺産分割協議と相続登記義務化で扱っています。

    家庭裁判所は伸長できる

    915条1項にはただし書があります。この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

    三つの要素を分けて押さえてください。

    第一に、請求権者は「利害関係人又は検察官」です。相続人本人はもちろん利害関係人にあたりますが、条文は相続人に限っていません。

    第二に、伸長するのは家庭裁判所です。相続人が勝手に延ばせるわけでも、相続人間の合意で延ばせるわけでもありません。裁判所の審判が要ります。

    第三に、条文が定めているのは「伸長」だけです。短縮の規定はありません。「相続人全員の合意により熟慮期間を短縮できる」という記述は条文上の根拠がありません。

    伸長が認められるのは、相続財産の全容を3か月では調べきれない場合です。被相続人が事業を営んでいて債権債務が複雑に絡んでいるようなときに使われます。期間の性質としては、動かせるが、動かすには裁判所の判断が要ると理解してください。

    相続人ごとに別々に進む

    熟慮期間は相続財産ごとに一つ走るのではなく、相続人ごとに走ります。起算点が「自己のために」相続の開始があったことを知った時である以上、知った時期が違えば満了時期も違います。相続人が3人いて、2人は死亡当日に知り、1人は2か月後に知ったなら、3人目だけ期限が2か月後ろにずれます。

    これを前提にした規定が二つあります。

    916条は、相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、915条1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算すると定めます。父が祖父を相続したがその承認・放棄を決めないうちに死亡し、子が父を相続したという場面です。子は、父の相続についても祖父の相続についても選択を迫られますが、祖父の相続についての熟慮期間は、子自身が知った時から改めて数えます。

    917条は、相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、915条1項の期間は、その法定代理人が未成年者または成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算すると定めます。本人の認識ではなく法定代理人の認識を基準にするということです。制限行為能力者一般の枠組みは制限行為能力者にまとめています。

    916条と917条は、いずれも「起算点をずらす」規定であって、期間そのものを3か月から変える規定ではありません。この区別を落とさないでください。

    期間中にできること、しなければならないこと

    熟慮期間は、相続人が判断材料を集めるための時間です。そのことを裏づける規定があります。

    915条2項は、相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができると定めます。何を選ぶか決める前提として、財産と債務の全体像を把握してよい、という当然のことを確認した規定です。

    一方で918条は義務の側を定めます。相続人は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならない。ただし、相続の承認又は放棄をしたときは、この限りでない。

    ここで注意すべきは注意義務の水準です。「その固有財産におけるのと同一の注意」であって、善良な管理者の注意(善管注意義務)ではありません。自分の物を扱うのと同じ程度に扱えばよいという、一段低い水準です。まだ自分のものと決まっていない財産を預かっている段階なので、重い義務は課さないという発想です。

    そしてただし書によって、承認または放棄をした時点でこの義務は終わります。承認すれば自分の財産になるので管理義務を観念する必要がなく、放棄すれば相続人でなくなるからです。ただし放棄した者については940条が別に保存義務を課します。これは後で扱います。

    単純承認とみなされる場合

    921条は、次に掲げる場合には相続人は単純承認をしたものとみなす、として3つの事由を並べます。法定単純承認と呼ばれます。3つとも「みなす」であって「推定する」ではないので、反証によって覆すことはできません。

    1号 相続財産の処分

    第1号は、相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときです。

    なぜ処分が単純承認とみなされるのか。処分できるのは、その財産を自分のものとして扱う地位にある者だけです。相続財産を処分するという行為自体が、相続人として承継を受け入れる意思の表明とみられる。加えて、処分してしまえば相続財産は元に戻らず、後から放棄されると相続債権者や次順位の相続人が害されます。この二つの理由から、処分に単純承認の効果が結びつけられています。

    「全部又は一部」とあるので、財産の一部を処分しただけでも成立します。「相続財産の大部分を残しているから放棄できる」という理屈は通りません。

    1号ただし書が除外する二つ

    条文はそのうえで除外を置きます。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

    保存行為は、財産の現状を維持する行為です。壊れかけた建物を修繕する、消滅時効の完成を阻止する、といったものが典型です。現状を維持するだけで財産の帰属を動かさないので、承継の意思の表明とはみられません。放置すれば財産が失われるのに、放棄の余地を残すために何もできないというのでは、918条が管理義務を課している趣旨とも矛盾します。

    602条に定める期間を超えない賃貸、いわゆる短期賃貸借も除外されます。602条は処分の権限を有しない者がする賃貸借の期間として、樹木の栽植または伐採を目的とする山林の賃貸借は10年、それ以外の土地の賃貸借は5年、建物の賃貸借は3年、動産の賃貸借は6か月と定めています。この期間内に収まる賃貸なら、処分にあたりません。期間を超える賃貸は処分にあたるということでもあります。

    宅建試験の材料になりやすいのは建物の3年と土地の5年です。数字を入れ替えた選択肢が作りやすいので、602条の4つの数字はそのまま覚えておいてください。

    条文が明示している除外は、この保存行為と短期賃貸借の二つだけです。どこまでが「処分」にあたるかの限界は条文からは一義に決まらず、個別の事情によります。試験対策としては、除外されるのは保存行為と短期賃貸借の二つだと押さえたうえで、財産の帰属を動かす行為は処分にあたるという筋で処理すれば足ります。

    2号 期間の経過

    第2号は、相続人が915条1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったときです。

    冒頭で述べたとおり、これがこの制度の背骨です。1号と3号が相続人の積極的な行為を捉えるのに対し、2号だけは不作為を捉えます。そして実際に単純承認が成立する場面のほとんどは、この2号です。

    ここから逆算すると、限定承認と相続放棄がなぜ厳格な方式を要求されるのかもわかります。原則がすでに単純承認なのだから、そこから外れる者には、期間内に、家庭裁判所に対して、明確な形で意思を示すことを求める。924条と938条がいずれも家庭裁判所への申述を要求しているのは、この位置づけの帰結です。

    3号 隠匿・私消・悪意の不記載

    第3号は、相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときです。

    1号・2号との違いは時点です。3号は限定承認や放棄をした「後」の行為を捉えます。すでに手続を済ませた者でも、相続財産を隠したり勝手に使ったりすれば、その手続の効果が失われて単純承認扱いになる。背信的な行為に対する制裁という性格の規定です。

    「私にこれを消費し」は、自分のために費消するという意味です。「悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかった」は限定承認の場面に対応します。924条が財産目録の作成・提出を要求しているところ、わざと財産を落として目録を作った場合です。

    3号ただし書は落としやすい

    3号にはただし書があります。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

    場面を具体化します。子が相続を放棄したことで、次順位の直系尊属が相続人になった。その直系尊属が相続を承認した。その後で、放棄した子が相続財産を隠匿した。この場合、放棄した子について3号は適用されず、単純承認とはみなされません。

    理由は、すでに新しい相続人が確定しているからです。3号が放棄者を単純承認扱いにするのは、相続債権者を保護するためです。しかし次順位者が承認していれば、債権者はその者に請求できます。保護すべき相手がすでにいるのに、放棄者を引き戻す必要はない。もちろん、隠匿された財産について放棄者が新しい相続人に対して責任を負わないという意味ではありませんが、それは別の話です。

    このただし書は条文を通読しないと出てこない部分なので、覚えておくと差がつきます。

    相続放棄

    家庭裁判所への申述による

    938条は一行です。相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

    短い条文ですが、含意は大きい。放棄は家庭裁判所に対する申述によってのみ成立します。

    したがって次のような形はいずれも法律上の相続放棄ではありません。他の相続人に「自分は財産は要らない」と伝える。相続人間で「長男がすべて取得する」という合意をする。放棄する旨の書面に署名押印して他の相続人に渡す。これらは相手方のある意思表示や合意にすぎず、938条の申述ではないので、939条の効果は生じません。

    とりわけ紛らわしいのが、遺産分割協議で自分の取り分をゼロとする合意です。実務では「事実上の相続放棄」と呼ばれることがありますが、法律上はまったく別物です。遺産分割協議で取り分をゼロにしても、相続人であることに変わりはないので、被相続人の債務は法定相続分に応じて負担したままです。債権者は、遺産分割協議の内容にかかわらず、その相続人に法定相続分の債務を請求できます。ここが放棄との決定的な違いで、遺産分割の効力そのものは遺産分割協議と相続登記義務化で扱っています。

    「相続人全員の合意があれば家庭裁判所への申述は不要である」という趣旨の選択肢は、繰り返し作られます。938条に例外は書かれていません。

    初めから相続人とならなかったものとみなす

    939条が効果を定めます。相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

    「初めから」という言葉が効いています。放棄の時点で相続人でなくなるのではなく、相続開始の時に遡って、最初から相続人ではなかったことになる。896条による承継そのものが、なかったことになります。

    だからこそ、放棄した者は積極財産も消極財産も一切承継しません。「借金だけ放棄する」ということができないのも、放棄が個々の財産に対する処分ではなく、相続人という地位そのものからの離脱だからです。

    そして「みなす」なので、この効果は絶対的です。事情を知らない第三者に対しても、放棄した者が実は相続人だったことにはなりません。

    単独でできる

    放棄について、限定承認の923条にあたる規定はありません。相続人が数人いても、放棄は各自が単独でできます。他の相続人の同意も、他の相続人への通知も、条文上の要件ではありません。

    これは制度の趣旨から素直に出てきます。放棄は相続人という地位から降りることであり、降りた者を除いた残りで相続関係が組み直されるだけです。他人の意思に自分の離脱を委ねる理由がありません。

    限定承認は全員共同、放棄は単独。この対比は最頻出です。理由まで含めて押さえておくと、逆に入れ替えた選択肢に強くなります。限定承認が全員共同を要求されるのは、後で述べるとおり、相続財産を清算するという共同作業を前提にしているからです。

    代襲相続は生じない

    放棄の効果として最も出題されるのがここです。放棄した者の子は、代襲相続しません。

    根拠は887条2項です。被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。

    条文が代襲原因として挙げているのは3つです。相続開始以前の死亡、891条の相続欠格、そして廃除。相続放棄はこの列挙に入っていません。列挙されていない以上、代襲は生じません。

    理屈のうえでも一貫しています。代襲相続は、相続人となるはずだった者が相続できなくなったときに、その子が代わりに相続する制度です。しかし放棄した者は939条により初めから相続人とならなかったものとみなされます。もともと相続人でなかった者の地位を代襲することはできません。「相続権を失った」のではなく「最初から持っていなかった」ことになる、という点が欠格・廃除との構造的な違いです。

    欠格・廃除との対比で覚える

    相続欠格と廃除は、いずれも相続人から相続権を奪う制度です。欠格は891条の事由(被相続人を殺害した、遺言書を偽造したなど)に該当すれば当然に効果が生じ、廃除は被相続人の請求に基づく家庭裁判所の審判によります。

    放棄との違いを三つの軸で並べます。

    誰の意思で生じるか。放棄は相続人自身の意思です。廃除は被相続人の意思(の実現としての審判)です。欠格は誰の意思にもよらず、事由の該当によって当然に生じます。

    手続はどうか。放棄は家庭裁判所への申述、廃除は家庭裁判所の審判、欠格は手続不要です。

    代襲は生じるか。欠格と廃除では代襲が生じ、放棄では生じません。

    三つのうち放棄だけが代襲を生まない。代襲の可否だけを見れば、放棄が仲間外れという覚え方で足ります。欠格・廃除・代襲の詳細は相続|相続人の範囲・法定相続分・遺留分にあります。

    放棄で相続人の顔ぶれはどう変わるか

    放棄が宅建試験で実際に問われるのは、ほとんどこの形です。放棄そのものの要件ではなく、放棄によって相続人と相続分がどう動くかを計算させる問題の前提として出てきます。

    血族相続人には順位がある

    887条1項により、被相続人の子は相続人になります。子がいない場合に登場するのが889条1項で、887条の規定により相続人となるべき者がない場合に、次の順序で相続人になると定めます。第1号が被相続人の直系尊属、ただし親等の異なる者の間では近い者を先にする。第2号が被相続人の兄弟姉妹です。

    つまり血族相続人は、子、直系尊属、兄弟姉妹という三段の順位で並んでいます。上の順位の者が一人でもいれば、下の順位には回りません。

    配偶者は常に相続人

    890条は、被相続人の配偶者は、常に相続人となると定めます。そして、887条または889条により相続人となるべき者があるときは、その者と同順位とする、と続きます。

    「常に」なので、配偶者は順位の外にいます。血族相続人が子であろうと直系尊属であろうと兄弟姉妹であろうと、配偶者は必ず相続人として加わります。そして誰と組むかによって、900条の法定相続分が変わります。

    放棄の問題は、この組み合わせを動かしてきます。

    子が全員放棄すればどうなるか

    被相続人に配偶者と子2人がいて、子が2人とも放棄した場合を考えます。

    939条により、子2人は初めから相続人とならなかったものとみなされます。代襲も生じないので、子の子(孫)は登場しません。すると887条1項により相続人となるべき者がいない状態になり、889条1項が働いて、直系尊属が相続人になります。直系尊属もいなければ、同項2号により兄弟姉妹に移ります。

    配偶者は890条により変わらず相続人です。したがって、当初は「配偶者と子」だった組み合わせが、子の放棄によって「配偶者と直系尊属」に変わります。法定相続分も、配偶者2分の1・子2分の1から、配偶者3分の2・直系尊属3分の1へと動きます。放棄は、相続分の分母を変えるのではなく、相続人の顔ぶれごと入れ替える。ここが問題を作りやすい部分です。

    一方、子2人のうち1人だけが放棄した場合は、順位は動きません。残る1人の子が相続人であり続けるので、887条により相続人となるべき者がある状態のままです。889条は発動せず、直系尊属は登場しません。この場合は、配偶者2分の1、子1人が2分の1をそのまま取ります。放棄した子の分を他の子が吸収する形になり、配偶者の取り分は変わりません。

    「一部が放棄したのか、全員が放棄したのか」で処理がまったく違うので、問題文の読み取りを機械的にしてください。

    次順位者の熟慮期間は改めて進む

    放棄によって新たに相続人になった者にとって、熟慮期間はいつから進むのか。915条1項の文言に戻れば答えが出ます。起算点は「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。

    先順位者が放棄するまで、次順位者は自分が相続人だとは知りません。したがって、次順位者の熟慮期間は、先順位者の放棄によって自分が相続人になったことを知った時から進みます。被相続人の死亡時ではありません。

    この帰結として、債務超過の相続では放棄が順次連鎖することになります。子が放棄すれば直系尊属が、直系尊属が放棄すれば兄弟姉妹が、それぞれ自分の番になったことを知った時点から3か月の判断を迫られます。放棄は一つの家族の中で連鎖する構造を持っているという点は、後述する940条の保存義務の意味を理解するうえでも効いてきます。

    兄弟姉妹に移った場合の代襲

    889条2項は、887条2項の規定は、前項第2号の場合について準用すると定めます。兄弟姉妹についても代襲が生じるということです。ただし準用されているのは2項だけで、再代襲を定める887条3項は準用されていません。したがって兄弟姉妹の代襲は一代限りで、甥・姪までです。その子には及びません。

    子については887条3項があるので、孫、ひ孫と再代襲が続きます。子は再代襲あり、兄弟姉妹は一代限り。放棄で兄弟姉妹に順位が移った問題では、この差がそのまま結論に響きます。

    限定承認

    責任を相続財産の限度に閉じ込める

    922条を再掲します。相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。

    条文の末尾が「承認をすることができる」であることに注意してください。限定承認は、放棄のように相続人の地位を否定するものではなく、承認の一種です。地位は承継したうえで、弁済の責任範囲を相続財産に限る。積極財産が1,000万円、債務が1,500万円なら、1,000万円の限度で弁済すれば足り、残る500万円について相続人固有の財産が引き当てにされることはありません。

    逆に、積極財産が債務を上回っていれば、清算後の残りは相続人のものになります。債務超過かどうかがわからないときに、どちらに転んでも損をしない選択肢という位置づけです。

    925条はこの構造を補います。相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなす。相続人が被相続人に対して債権を持っていた場合、承継によって債権者と債務者が同一人に帰し、本来なら混同で消滅します。しかし限定承認では相続財産が相続人固有の財産とは別枠で清算されるので、混同させると相続人が不利になります。そこで消滅しなかったものとみなす、という扱いです。

    全員共同でしかできない

    923条が限定承認の最大の制約です。相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。

    「共同してのみ」という書き方が強い。一人でも同調しない相続人がいれば、他の相続人も限定承認できません。単独でできる放棄との違いがここです。

    なぜ全員共同なのか。限定承認は、相続財産を切り離して清算するという手続だからです。相続人の一人が限定承認し、別の一人が単純承認したとすると、同じ相続財産について責任の範囲が異なる相続人が並び立つことになり、清算の枠組みが成り立ちません。清算という共同作業の性質上、全員が同じ土俵に乗る必要がある。

    ただし、すでに相続放棄をした者は「共同相続人」に含まれません。939条により初めから相続人でなかったものとみなされるからです。したがって、相続人3人のうち1人が放棄していれば、残る2人全員で限定承認できます。「放棄者がいると限定承認ができない」というのは誤りです。

    一方、一人でも単純承認をした者(法定単純承認を含む)がいれば、限定承認はできません。その者は相続人のままで、しかも無限責任を負う立場だからです。

    この923条が、限定承認が実務でほとんど使われない最大の理由です。相続人が複数いれば全員の足並みを揃えなければならず、一人が期間内に動かなければ921条2号で単純承認が成立して、限定承認の道は閉ざされます。制度としては合理的だが、要件を満たすのが難しい。試験でこの点が繰り返し問われるのは、まさにここが制度の急所だからです。

    方式は財産目録と申述

    924条が方式を定めます。相続人は、限定承認をしようとするときは、915条1項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。

    放棄の938条と比べてください。放棄は「その旨を家庭裁判所に申述」するだけですが、限定承認は財産目録の作成・提出が加わります。清算の対象となる財産の範囲を確定しなければ手続が進まないからです。

    そして921条3号が、悪意で財産を目録に記載しなかった場合を法定単純承認事由としているのも、この目録の重要性の裏返しです。目録は限定承認の前提であり、その正確性が制裁によって担保されているという関係になります。

    清算の手続

    限定承認をした後は、相続財産を換価して債権者に配当する清算手続に入ります。宅建試験で細部まで問われる領域ではないので、流れだけ押さえます。

    926条1項は、限定承認者は、その固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産の管理を継続しなければならないと定めます。ここでも注意義務の水準は「固有財産におけるのと同一の注意」です。918条と同じ水準が、限定承認後も続きます。

    927条1項は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者および受遺者に対し、限定承認をしたことと、一定の期間内に請求の申出をすべき旨を公告しなければならないと定めます。この期間は2か月を下ることができません。4項により、公告は官報に掲載してします。3項は、知れている相続債権者・受遺者には各別に催告しなければならないとします。

    928条は、公告期間の満了前には弁済を拒むことができるとし、929条は、期間満了後に、申出をした債権者その他知れている債権者に債権額の割合に応じて弁済すると定めます。931条は、各相続債権者への弁済を終えた後でなければ受遺者に弁済できないとします。債権者が受遺者に優先するという順序です。

    932条は、弁済のために相続財産を売却する必要があるときは競売に付さなければならないとし、ただし書で、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って価額を弁済すれば競売を止められるとしています。

    935条は、公告期間内に申出をせず、かつ限定承認者に知れなかった相続債権者・受遺者は、残余財産についてのみ権利を行使できると定めます。ただし特別担保を有する者は別です。

    相続人が数人いる場合の清算人

    936条1項は、相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、相続人の中から、相続財産の清算人を選任しなければならないと定めます。

    読み違えやすい点が二つあります。第一に、選任するのは家庭裁判所です。相続人が互選するのではありません。第二に、選任される清算人は相続人の中から選ばれます。外部の第三者ではありません。

    2項により、この清算人は相続人のために、これに代わって、相続財産の管理および債務の弁済に必要な一切の行為をします。3項により926条から935条までが準用され、その際、927条1項の「限定承認をした後5日以内」は「その相続財産の清算人の選任があった後10日以内」と読み替えられます。5日と10日という数字の違いは、条文を読んだ者だけが知る細部です。

    なお、相続人のあることが明らかでないときに951条・952条が定める相続財産法人・相続財産の清算人とは別の制度です。名前が似ているので混同しないでください。

    一部の相続人に法定単純承認事由があったとき

    937条は、限定承認をした後に問題が生じた場合の処理です。限定承認をした共同相続人の一人又は数人について921条第1号又は第3号に掲げる事由があるときは、相続債権者は、相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について、当該共同相続人に対し、その相続分に応じて権利を行使することができる。

    要点は、限定承認そのものが全体として覆るのではないということです。背信的な行為をした相続人についてだけ、相続財産で足りなかった分の責任が及ぶ。他の相続人の限定承認の効果は維持されます。

    条文が挙げているのが1号と3号であって2号でないことにも意味があります。2号は期間の経過ですが、限定承認をしている以上、期間内に動いているのですから2号は問題になりません。

    税の面から使われにくい理由

    限定承認が使われにくい理由は923条の全員共同だけではありません。税制上の扱いも重い。

    所得税法59条1項1号は、相続(限定承認に係るものに限る)による資産の移転があった場合には、その時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなすと定めています。いわゆるみなし譲渡課税です。

    通常の相続では、被相続人の取得費が相続人に引き継がれ、含み益への課税は相続人が売却するまで繰り延べられます。ところが限定承認では、相続開始の時点で時価による譲渡があったものとみなされ、被相続人に譲渡所得が生じたものとして準確定申告が必要になります。値上がりした不動産が相続財産に含まれていると、この課税が無視できない額になります。

    もっとも、これは宅建試験で正面から問われる論点ではありません。限定承認は要件も手続も税務も重い、という全体像を掴むための材料として押さえておけば十分です。相続に関する税の扱い全般は贈与税と相続税にまとめています。

    放棄と登記

    899条の2は何を対象にしているか

    相続と登記の関係を定めるのが899条の2第1項です。相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。

    この条文が対象にしているのは、条文の言葉どおり「相続による権利の承継」であり、しかも「相続分を超える部分」です。法定相続分の範囲内であれば登記なしに対抗でき、それを超える部分については対抗要件が要る、という切り分けです。詳しくは相続と不動産の基礎で扱っています。

    放棄には承継そのものがない

    では、共同相続人の一人が放棄した場合はどうか。

    939条により、放棄した者は初めから相続人とならなかったものとみなされます。すると、その者について「相続による権利の承継」は最初から存在しません。存在しない承継について、相続分を超えるかどうかを論じる余地もありません。

    残った相続人の側から見ると、放棄した者の分まで含めた持分が、はじめから自分の相続分です。「本来の法定相続分に、放棄者の分が上乗せされた」のではなく、放棄者を除いた顔ぶれで計算した相続分が最初からその者の相続分だったことになります。したがって「相続分を超える部分」は生じません。

    この読み方から、次の帰結が出ます。放棄した者の債権者が、放棄者に持分があるものとして差押えの登記をしても、そこに持分は存在しない。残った相続人は、登記を備えていなくても、自分の持分を主張できます。

    遺産分割との対比で押さえると鮮明になります。遺産分割は899条の2の適用対象に明記されており(「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」)、法定相続分を超えて取得した部分は登記がなければ第三者に対抗できません。分割は相続人であることを前提に取り分を決める手続、放棄は相続人であること自体を否定する手続。出発点が違うので、登記の要否も違ってきます。

    放棄の効力そのものが争われる場合

    なお、家庭裁判所が申述を受理したことと、放棄が有効であることは、厳密には別です。受理は放棄が有効に成立するための手続的な要件であって、後に別の訴訟でその効力が争われる余地は残ります。もっとも、この点が宅建試験の題材になることはありません。受理があれば放棄は成立し、939条の効果が生じるという理解で解答して差し支えありません。登記の仕組み全般は不動産登記の基礎にまとめています。

    放棄した者の保存義務

    940条は改正で書き換わった

    放棄をしても、相続財産との関係が完全に切れるわけではない場面があります。それを定めるのが940条1項です。

    相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。

    この条文は2023年4月1日施行の改正で書き換えられた箇所です。改正前は、放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで管理を継続する、という書き方でした。改正前後で条文の構造が変わっているので、古い教材の記述をそのまま覚えていると誤ります。改正の全体像は権利関係の民法改正まとめにまとめています。

    「現に占有しているとき」に限られる

    改正後の条文で最も重要なのが、「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」という限定です。

    放棄した者すべてが義務を負うわけではありません。放棄の時点で現実に占有している財産についてだけ義務が生じます。被相続人と同居していて建物に住み続けている子は義務を負いますが、遠方に住んでいて相続財産に一切触れていない子は、放棄しても何の義務も負いません。

    改正前は「相続財産の管理を継続しなければならない」という書き方だったため、占有していない相続人まで広く義務を負うようにも読め、義務の範囲が不明確でした。占有という客観的な事実を基準にすることで、誰が義務を負うのかがはっきりしたというのが改正の眼目です。

    引渡し先が明記された

    もう一つの変更点が、引渡しの相手方です。条文は「相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人」と明示しています。

    952条1項は、相続人のあることが明らかでないときに、家庭裁判所が利害関係人または検察官の請求によって相続財産の清算人を選任すると定めています。つまり、次順位の相続人がいればその者に、相続人がいなければ選任された清算人に引き渡すという二段構えです。

    この規定が意味を持つのは、相続人全員が放棄した場面です。放棄が連鎖して誰も相続人がいなくなると、951条により相続財産は法人になり、952条により清算人が選任されます。引き渡す相手がいないから義務が続く、という事態を避けるため、清算人という受け皿が条文上に書き込まれました。改正前は引渡し先が条文になく、最後に放棄した者がいつまで管理すればよいのかが不明確でした。

    注意義務は「自己の財産におけるのと同一の注意」

    義務の内容は、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存することです。

    918条の相続人の管理義務、926条1項の限定承認者の管理義務と同じ水準です。相続の承認・放棄をめぐる場面では、注意義務の水準がすべて「固有財産(自己の財産)におけるのと同一の注意」で統一されていると覚えてしまうのが確実です。善管注意義務が出てきたら誤りだと判断できます。

    条文の動詞が「管理」ではなく「保存」に変わったことにも意味があります。積極的に管理運用することまでは求められず、財産を現状のまま保っておけばよいという限定です。すでに相続人でない者に重い義務を課さないという判断が、動詞の選択に現れています。

    2項により、645条(受任者の報告義務)、646条(受取物の引渡し等の義務)、650条1項・2項(費用の償還請求・債務の代弁済請求)が準用されます。保存に要した費用は請求できるということです。

    918条・926条・940条を並べる

    同じ注意義務でも、誰が、いつまで負うのかが違います。

    918条は、相続人が、承認または放棄をするまでの間の管理義務です。ただし書で、承認・放棄をしたときは義務が終わると明記されています。

    926条1項は、限定承認者が、清算が終わるまで管理を継続する義務です。限定承認者は相続人のままなので、義務が続くのは自然です。

    940条1項は、放棄した者が、放棄時に現に占有している財産について、相続人または清算人に引き渡すまでの保存義務です。すでに相続人ではないので、範囲が占有物に絞られ、動詞も保存にとどまります。

    相続人である間は管理、相続人でなくなったら占有物の保存だけ。この線引きで3つを整理できます。共有物の管理一般との関係は共有にまとめています。

    試験での出題ポイント

    起算点を「相続開始の時」にすり替える

    最も作られやすいのがこれです。「相続人は、相続の開始があった時から3か月以内に、相続の承認又は放棄をしなければならない」。数字は正しいのに起算点が違うので誤りです。915条1項は「自己のために相続の開始があったことを知った時から」です。財産分離の941条1項が「相続開始の時から3か月以内」であることと対にして覚えてください。

    伸長を「相続人の合意」にすり替える

    「熟慮期間は、相続人全員の合意により伸長することができる」は誤りです。915条1項ただし書は、利害関係人または検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長すると定めています。請求権者と決定機関の両方が問われます。また、条文にあるのは伸長だけで、短縮の規定はありません。

    限定承認と放棄の単独・共同を入れ替える

    「限定承認は各相続人が単独ですることができる」「相続の放棄は共同相続人全員が共同してしなければならない」。いずれも誤りです。923条が全員共同を要求しているのは限定承認だけで、放棄にはそのような規定がありません。

    派生形として「相続人のうち1人が相続放棄をしている場合、限定承認をすることはできない」という肢も作られます。放棄した者は939条により初めから相続人でなかったものとみなされるので、残りの相続人全員で限定承認できます。誤りです。

    放棄で代襲が生じると書く

    「相続を放棄した者に子がいる場合、その子が代襲して相続人となる」は誤りです。887条2項が挙げる代襲原因は、相続開始以前の死亡、891条の相続欠格、廃除の3つで、放棄は含まれません。欠格・廃除では代襲が生じるので、そちらと入れ替えた肢にも注意してください。

    家庭裁判所への申述を省く

    「相続人全員の合意により相続を放棄することができる」「他の相続人に対して放棄する旨を通知すれば足りる」はいずれも誤りです。938条は家庭裁判所への申述を要求しています。遺産分割協議で取り分をゼロとすることは相続放棄ではなく、債務は法定相続分に応じて負担したままである点まで押さえてください。

    「処分」の除外を落とす、または広げる

    921条1号ただし書が除外しているのは保存行為と602条の期間を超えない賃貸の二つです。「保存行為をしても法定単純承認が成立する」は誤り、「相続財産である建物を5年間賃貸しても法定単純承認は成立しない」も誤りです。建物の賃貸借は602条3号により3年なので、5年は期間を超えています。602条の数字(山林10年、その他の土地5年、建物3年、動産6か月)はそのまま覚えてください。

    撤回と取消しを混ぜる

    「熟慮期間内であれば、一度した相続の放棄を撤回することができる」は誤りです。919条1項は、期間内でも撤回できないと明記しています。一方で2項により取消しは妨げられないので、「詐欺による相続の放棄は取り消すことができる」は正しい記述になります。撤回は不可、取消しは可。この区別で処理します。

    940条を旧規定で書く

    改正前の記述をそのまま出してくる肢に注意してください。現行940条1項の要件は「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」であり、引渡し先は「相続人又は952条1項の相続財産の清算人」です。義務の内容は「自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存」で、善管注意義務ではありません。

    全員放棄の場合の順位移動

    「被相続人の子が全員相続を放棄した場合、その子(孫)が相続人となる」は誤りです。代襲は生じないので、889条1項1号により直系尊属に移ります。「配偶者も相続人でなくなる」も誤りで、890条により配偶者は常に相続人です。放棄が絡む相続分の計算は、まず顔ぶれを確定してから900条をあてる、という順序を崩さないでください。頻出論点の全体像は権利関係の頻出論点にまとめています。

    覚え方・整理の仕方

    「原則は単純承認」から出発する

    3つを横並びにせず、上下関係で持ってください。

    原則は単純承認。何もしなければこれになる(921条2号)。そこから降りたい者だけが、3か月以内に、家庭裁判所に申述して、限定承認か放棄を選ぶ。

    この一本の流れを頭に置くと、細部が自動的に説明できます。なぜ限定承認と放棄だけが家庭裁判所への申述を要求されるのか。原則から外れる例外だからです。なぜ単純承認には方式の規定がないのか。何もしないことが単純承認だからです。なぜ期間の経過が法定単純承認事由なのか。それが原則への回帰だからです。制度の設計を1文で持てば、条文を個別に覚える必要が減ります。

    単独か全員かは「何をする手続か」で決まる

    放棄は単独、限定承認は全員共同。この対比は、それぞれが何をする手続かを考えれば導けます。

    放棄は、自分が相続人の輪から降りる手続です。降りるのは一人でできます。限定承認は、相続財産を切り離して清算する手続です。清算は共同作業なので、全員が同じ土俵に乗っていなければ成り立ちません。

    降りるのは一人でできる、清算はみんなでやる。この言い方で覚えておけば、入れ替えた肢に反応できます。

    代襲は「放棄だけが仲間外れ」

    代襲原因は死亡・欠格・廃除の3つ。放棄は入りません。

    理由も一言で持てます。欠格と廃除は「相続権を失った」、放棄は「初めから相続人でなかった」。失ったものは代われますが、初めからなかったものは代われません。939条の「初めから」という言葉が、代襲を否定する根拠そのものです。

    期間の数字を一列に並べる

    この分野には期間の数字がいくつも出てきます。混ざりやすいので、根拠条文とセットで並べておきます。

    熟慮期間は3か月、起算点は知った時(915条1項)。財産分離の請求も3か月、ただし起算点は相続開始の時(941条1項)。限定承認の公告期間は2か月を下れない(927条1項)。公告は限定承認後5日以内、清算人が選任された場合は選任後10日以内(927条1項、936条3項)。取消権は追認できる時から6か月、承認・放棄の時から10年(919条3項)。

    このうち宅建試験で出るのは、3か月と、その起算点が圧倒的です。残りは「そういう数字がある」程度で構いません。覚える優先順位をつけることも、この分野の対策のうちです。

    注意義務は全部「自己の財産と同一」

    918条の相続人の管理義務、926条1項の限定承認者の管理義務、940条1項の放棄者の保存義務。3つとも「固有財産(自己の財産)におけるのと同一の注意」です。

    善管注意義務が一つも出てこないというのが、この分野の特徴です。まだ自分のものと確定していない財産、あるいはもう自分のものではない財産を預かっている場面なので、水準を上げない。この理由づけとセットで覚えておくと、「善良な管理者の注意をもって」と書かれた肢を見た瞬間に切れます。

    放棄の問題は「顔ぶれ→相続分」の順で処理する

    放棄が出てくる計算問題は、手順を固定してください。

    第一に、放棄した者を消す。939条により初めから相続人でなかったことになるので、その子も登場しません。

    第二に、残った顔ぶれで順位を判定する。同順位の者が一人でも残っていれば、次順位には移りません。全員消えたときだけ889条で下の順位に移ります。配偶者は890条により常に残ります。

    第三に、確定した顔ぶれに900条をあてる。

    この3段を守れば、放棄が何人分あっても処理できます。先に相続分を計算してから放棄者の分を配り直そうとすると、必ず間違えます。顔ぶれの確定が先です。相続分の計算そのものは相続|相続人の範囲・法定相続分・遺留分に、遺言がある場合の関係は遺言の方式と要件にまとめています。

    理解度チェッククイズ

    問1 相続人は、相続の開始があった時から3か月以内に、相続について単純承認、限定承認または放棄をしなければならない。

    答え:×。民法915条1項は「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に」と定めており、起算点は相続開始の時ではありません。相続は死亡によって当然に開始しますが(882条)、相続人がそれを知っているとは限らないため、条文は主観的な起算点を採用しています。被相続人の死亡を知り、かつ自分が相続人であることを知った時から数えます。なお、相続債権者・受遺者による財産分離の請求(941条1項)は「相続開始の時から三箇月以内」であり、こちらは客観的な起算点です。同じ3か月でも起算点が違うので、対にして覚えてください。

    問2 共同相続人の一人が相続の放棄をしている場合、残りの共同相続人だけで限定承認をすることはできない。

    答え:×。民法923条は「相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる」と定めていますが、相続の放棄をした者は939条により初めから相続人とならなかったものとみなされるため、ここでいう共同相続人には含まれません。したがって、放棄をした者を除いた相続人全員で限定承認をすることができます。これに対し、一人でも単純承認をした者(法定単純承認が成立した者を含む)がいる場合は、その者が無限責任を負う相続人として残るため、限定承認はできません。

    問3 相続を放棄した者に子がいる場合、その子は放棄した者を代襲して相続人となる。

    答え:×。民法887条2項が代襲原因として挙げているのは、相続の開始以前の死亡、891条の相続欠格、廃除の3つであり、相続放棄は含まれていません。理由は939条にあります。放棄した者は「初めから相続人とならなかったものとみなす」とされるため、失うべき相続権をそもそも持っていなかったことになり、代襲すべき地位が存在しないからです。欠格・廃除では「相続権を失った」ことになるので代襲が生じます。代襲の可否については放棄だけが仲間外れだと覚えてください。

    問4 相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでの間、善良な管理者の注意をもってその財産を保存しなければならない。

    答え:×。要件の部分は正しいのですが、注意義務の水準が誤りです。民法940条1項は「自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」と定めており、善管注意義務ではありません。この条文は2023年4月1日施行の改正で書き換えられ、義務を負うのは「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」に限られること、引渡し先が「相続人又は952条1項の相続財産の清算人」であることが明記されました。相続人の管理義務(918条)も限定承認者の管理義務(926条1項)も同じ「固有財産におけるのと同一の注意」なので、この分野で善管注意義務が出てきたら誤りだと判断できます。

    問5 相続人が相続財産である建物を第三者に期間5年で賃貸した場合、保存行為にあたるため、法定単純承認は成立しない。

    答え:×。民法921条1号ただし書が除外しているのは「保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸」です。602条は建物の賃貸借について3年と定めているため(3号)、期間5年の賃貸はこの範囲を超えており、除外にあたりません。したがって処分にあたり、法定単純承認が成立します。602条の期間は、樹木の栽植または伐採を目的とする山林の賃貸借が10年、それ以外の土地の賃貸借が5年、建物の賃貸借が3年、動産の賃貸借が6か月です。土地の5年と建物の3年を入れ替えた肢が作られやすいので、数字ごと覚えてください。

    問6 熟慮期間内であれば、いったんした相続の放棄を撤回することができる。

    答え:×。民法919条1項は「相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない」と明記しています。期間が残っていることと撤回できることは別です。ただし2項により、総則編・親族編の規定による取消しは妨げられないので、詐欺や強迫を理由とする取消しは可能です。その取消権は、追認をすることができる時から6か月間行使しないときは時効によって消滅し、承認または放棄の時から10年を経過したときも同様です(3項)。また、限定承認または放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(4項)。撤回は不可、取消しは可という切り分けで処理してください。

    まとめ

    • 制度の本体は「何もしなかった場合」にあります。921条2号により、熟慮期間内に限定承認も放棄もしなければ単純承認とみなされ、920条により無限に被相続人の権利義務を承継します。3つの選択肢は対等ではなく、原則が単純承認、限定承認と放棄が期間内に手を挙げた者だけの例外という上下関係です。919条1項により、承認も放棄も期間内でも撤回できません。
    • 熟慮期間の起算点は「自己のために相続の開始があったことを知った時」(915条1項)であり、相続開始の時ではありません。伸長は利害関係人または検察官の請求により家庭裁判所が行い、短縮の規定はありません。起算点は相続人ごとに別々に進み、916条(再転相続)と917条(未成年者・成年被後見人)はいずれも起算点をずらす規定です。
    • 法定単純承認は3つ(921条)。財産の処分(1号、保存行為と602条の短期賃貸借を除く)、期間の経過(2号)、限定承認・放棄後の隠匿・私消・悪意の不記載(3号)。3号には、放棄によって相続人となった者が承認した後は適用されないというただし書があります。
    • 放棄は単独で家庭裁判所に申述(938条)、効果は初めから相続人とならなかったものとみなされること(939条)。代襲は生じません。887条2項の代襲原因は死亡・欠格・廃除の3つで、放棄は入っていないからです。子が全員放棄すれば直系尊属、次いで兄弟姉妹へ順位が移り、配偶者は890条により常に相続人として残ります。
    • 限定承認は共同相続人の全員が共同してのみできます(923条)。放棄した者は共同相続人に含まれないので除いて数えますが、一人でも単純承認した者がいればできません。924条により財産目録の作成・提出が必要で、以後は公告・催告を経た清算手続に入ります。この全員共同という要件が、限定承認が実務で使われにくい最大の理由です。
    • 放棄した者は、放棄の時に現に占有している相続財産について保存義務を負います(940条1項、2023年4月1日施行の改正で書き換え)。引渡し先は相続人または952条1項の相続財産の清算人、注意義務は自己の財産におけるのと同一の注意です。918条・926条1項と合わせ、この分野の注意義務はすべてこの水準で統一されています。

    承認・放棄が絡む相続分の計算と、法定単純承認の要件は、宅建試験AIブートラボの肢別トレーニングで論点ごとに確認できます。

    読んだ内容を、権利関係の肢で確かめる

    民法・借地借家法・区分所有法など、条文だけでは判断しづらい論点は、過去問の肢で覚えるのが最短です。

    関連記事

    Android版アプリの先行テスターを募集しています

    正式公開に先立ち、先行してご利用いただける方を募集しています。学習記録や有料プランはWeb版と同じアカウントで、そのまま引き継げます。3ステップで、通常その場で使い始められます。

    1
    テスターグループに参加する

    お使いのGoogleアカウントで参加ボタンを押すだけです。承認を待つ必要はありません。

    参加ページを開く
    2
    テスト版を受け取る

    手順1と同じGoogleアカウントでログインしたAndroid端末で受け取りページを開き、「テスターになる」を押してGoogle Playからインストールします。

    受け取りページを開く
    3
    いつものアカウントでログインする

    Web版と同じメールアドレス・パスワードでログインすれば、学習記録がそのまま表示されます。

    「まだご利用いただけません」と表示された場合は、反映待ちの可能性があります。時間をおいて再度お試しいただくか、info@takken-bootlab.com までお知らせください。