公正証書遺言のオンライン化|969条が渡したもの
民法969条は2025年10月1日に3号から5号を失い、作成手続が公証人法へ移りました。電磁的記録が原則になったこと、ウェブ会議が使える3か所、証人の二重構造を条文で整理します。
目次
この記事は、公正証書遺言の作成手続がどこでどう定められているかを、民法と公証人法の両方から読むためのものです。遺言の方式全体、三方式の比較、検認、撤回、遺贈は遺言の方式が扱っています。そちらは公正証書遺言について「証人2人以上・口授・検認不要」という核心を示したうえで、作成手続の中身をこの記事に送っています。ここではその続きを書きます。
まず、この記事に紙幅を割く理由を述べます。民法969条は2025年10月1日に姿を変えました。改正前は1号から5号まであり、証人の立会い、口授、公証人による筆記と読み聞かせ、署名押印、公証人の付記までが民法の中に書かれていました。現在の969条は1号と2号しかありません。3号から5号は削除され、2項が「前項の公正証書は、公証人法の定めるところにより作成するものとする」と受けています。
つまり、「公正証書遺言はどうやって作られるのか」という問いに、民法だけではもう答えられません。渡された先の公証人法を読む必要があります。そしてそこには、公正証書を原則として電磁的記録で作ること、一定の場面でウェブ会議を使えることが定められています。オンライン化の実体はここにあります。
この改正は令和5年法律第53号によるもので、施行日は2025年10月1日です。令和8年度試験の基準日である2026年4月1日より前に施行されているので、出題範囲に入ります。範囲外になるのはさらに先の施行分で、最後の節で切り分けます。
969条2項が投げた先を読む
現行969条は2号までしかない
現行の969条を条文どおりに置きます。
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。一、証人二人以上の立会いがあること。二、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
2項、前項の公正証書は、公証人法(明治四十一年法律第五十三号)の定めるところにより作成するものとする。
3項、第一項第一号の証人については、公証人法第三十条に規定する証人とみなして、同法の規定(同法第三十五条第三項の規定を除く。)を適用する。
号は2つです。改正前にあった3号(公証人が口述を筆記し、遺言者および証人に読み聞かせ、または閲覧させる)、4号(遺言者および証人が筆記の正確なことを承認した後、各自署名し、印を押す)、5号(公証人が方式に従って作った旨を付記して署名押印する)は、条文から消えています。
何が残され、何が渡されたか
残されたものと渡されたものを分けると、改正の設計が見えます。
民法に残ったのは、証人2人以上の立会いと、遺言者による口授の2つだけです。これは「誰が、どうやって遺言者の真意を確かめるか」に関わる部分です。
公証人法に渡されたのは、公証人が書き取り、読み聞かせ、承認を得て、署名なり電子的な措置なりを施し、保存するという一連の手続です。これは書面をどう作り、どう残すかという器の部分です。
真意確認の骨格は民法に置き、書類作成の手続は公証人法に置く。この切り分けが改正の考え方です。遺言の方式が述べているとおり、遺言が要式行為とされるのは、効力が生じるときに本人がもういないので後から真意を確かめられないからです。確かめられない以上、確かめる手続だけは動かせない。器のほうは技術に合わせて変えられる。この区別が、条文の配置にそのまま出ています。
969条の2も2項構成になった
同時に969条の2も改正されました。現行は2項構成です。
1項は、口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人および証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、または自書して、前条1項2号の口授に代えなければならない、としています。2項は、公証人は、前項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に記載し、又は記録しなければならない、としています。
改正前は3項構成で、2項に耳が聞こえない者に対する読み聞かせの代替方法が置かれていました。読み聞かせ自体が公証人法へ移ったため、この規定も民法から落ちています。
2項の「記載し、又は記録」という書き分けにも注目してください。紙に記載する場合と、電磁的記録に記録する場合の両方を前提にした文言です。
公証人法は2025年10月1日に作り替えられた
26条から62条までが書き換わった
渡された先の公証人法は、明治41年法律第53号です。この法律の証書作成に関する部分が、令和5年法律第53号によって全面的に改正されました。
改正前後を条単位で比較すると、7条と25条から62条までの本文が変わり、57条の2、57条の3、58条の2、60条の2から60条の5まで、62条の2から62条の8までの14か条が削除されています。新設された条番号はなく、既存の条文の中身を入れ替える形の改正です。
文体が変わっていることが改正範囲を示す
公証人法は明治41年の法律なので、もともとカタカナ文語体で書かれていました。今回の改正で書き換えられた条文は、ひらがな口語体になっています。
たとえば18条は「公証人ハ役場ニ於テ其ノ職務ヲ行フコトヲ要ス但シ事件ノ性質カ之ヲ許ササル場合又ハ法令ニ別段ノ定アル場合ハ此ノ限ニ在ラス」と、いまもカタカナ文語体のままです。これに対して28条は「嘱託人は、公正証書の作成を嘱託する場合には……」と口語体です。
条文を開いたときに文体が混在していれば、口語体の部分が今回書き換えられた範囲だと見当がつきます。公正証書遺言の作成手続に関わる条文は、そのほとんどが口語体になっています。
原則が電磁的記録になった
36条が原則と例外を逆転させた
公証人法36条は、公証人は、28条または32条の規定による嘱託があった場合には、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定めるものをもって公正証書を作成するものとする、として2つを挙げています。1号が「次号に掲げる場合以外の場合」で、これに対応するのが電磁的記録。2号が「電磁的記録をもって公正証書を作成することにつき困難な事情がある場合」で、これに対応するのが書面です。
読み方を間違えないでください。原則が電磁的記録で、書面は困難な事情がある場合の例外です。「電子的にもできるようになった」のではなく、「電子的が原則になった」のです。
民法969条2項が「公正証書は、公証人法の定めるところにより作成する」と包括的に受けている以上、公正証書遺言もこの36条に従います。したがって公正証書遺言も、原則として電磁的記録で作成されることになります。
印紙は書面のときだけ
41条は、公証人は、嘱託人に対し、印紙税法の規定により公正証書(書面をもって作成されたものに限る)に印紙を貼用させなければならない、と定めています。
括弧書きが効いています。電磁的記録で作成された公正証書には、貼るべき紙がありません。印紙税が課税文書という「紙」を対象にする税であることの帰結です。課税物件が文書であることの意味は印紙税の課税文書で扱っています。
ウェブ会議が使えるのは3か所
共通する要件
公証人法は、ウェブ会議を「映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法」と表現しています。この方法が使える場面が3か所あり、いずれもほぼ同じ要件で括られています。
要件は3つです。第一に、嘱託人からの申出があること。公証人の側から一方的に決めることはできません。第二に、公証人が当該申出を相当と認めること。申出があれば当然に使えるわけではありません。第三に、申出をした嘱託人以外に他の嘱託人がある場合には、その者に異議がないこと。この3つ目は31条には置かれておらず、37条2項と40条3項にただし書として付いています。
いずれも「法務省令で定めるところにより」とされているので、具体的な方法は省令に委ねられています。
31条 — 通訳人の通訳と証人の立会い
31条は、29条・30条の場合において、公証人は、嘱託人からの申出があり、かつ、当該申出を相当と認めるときは、法務省令で定めるところにより、公証人ならびに嘱託人および通訳人または証人がウェブ会議の方法によって、通訳人に通訳をさせ、または証人を公正証書の作成に立ち会わせることができる、と定めています。
証人が物理的に同じ部屋にいなくてもよい、ということです。後述するとおり、民法969条3項によって遺言の証人にもこの規定が及びます。
37条2項 — 事実の実験
37条1項は、公証人は、公正証書を作成するには、その聴取した陳述、その目撃した状況その他の自己の実験した事実およびその実験の方法を記載し、または記録しなければならない、と定めています。「実験」という語は、実際に見聞きすることを指す古い言い回しです。
2項が、公証人は、嘱託人からの申出があり、かつ、当該申出を相当と認めるときは、法務省令で定めるところにより、公証人および列席者がウェブ会議の方法によって、1項の事実の実験を行うことができる、としています。ただし書で、申出をした嘱託人以外に他の嘱託人がある場合には、その者に異議がないときに限るとしています。
遺言でいえば、公証人が遺言者の口授を聴き取る場面がこれにあたります。口授そのものをウェブ会議で行えるということです。
40条3項 — 読み聞かせと承認
40条1項は、公証人は、その作成した公正証書を、列席者に読み聞かせ、または閲覧させ、列席者からその記載または記録の正確なことの承認を得なければならない、と定めています。旧民法969条3号・4号にあった内容が、ここに来ています。
3項が、公証人は、嘱託人からの申出があり、かつ、当該申出を相当と認めるときは、ウェブ会議の方法によって、1項・2項に規定する行為をし、またはこれをさせることができる、としています。
37条3項の例外 — 保証意思宣明公正証書には使えない
ひとつだけ、ウェブ会議が明文で排除されている場面があります。
37条3項は、同条2項の規定は、民法465条の6第1項(465条の8第1項において準用する場合を含む)の公正証書を作成する場合については適用しない、と定めています。事業に係る債務についての保証契約に先立って作成する、保証意思宣明公正証書のことです。
保証人になろうとする者が本当に理解して保証するのかを確かめるための手続なので、公証人が対面で確かめることを崩さなかった、という趣旨です。遺言公正証書には、こうした排除規定がありません。保証の規律は連帯債務と保証で扱っています。
読み聞かせと署名押印はどこへ行ったか
40条が旧969条3号・4号を引き受けた
40条を項ごとに追うと、旧民法969条の3号から5号が丸ごと移ってきていることが分かります。
1項が読み聞かせまたは閲覧と、列席者による承認。2項が、通訳人に通訳をさせたときは、その通訳人に公正証書の趣旨を通訳させて承認を得ること。3項がウェブ会議による代替。
4項が承認後の措置です。公証人は、1項の承認を得たときは、その旨を公正証書に記載し、または記録し、かつ、次の区分に応じた措置を講じなければならないとして、2つを挙げています。1号は電磁的記録をもって作成する場合で、当該公正証書が指定公証人の作成に係るものであることを示すために講ずる措置であって、当該公正証書が改変されているかどうかを確認することができる等、指定公証人の作成に係るものであることを確実に示すことができるものとして法務省令で定めるもの。2号は書面をもって作成する場合で、署名および21条1項の印鑑による押印です。
5項は、列席者は1項の承認をしたときは、4項の公正証書について、署名またはこれに代わる措置をとるべきことを定めています。
署名押印がなくなったのではない
ここを取り違えないでください。署名押印が不要になったのではありません。書面で作る場合には、40条4項2号により従来どおり署名と押印が必要です。電磁的記録で作る場合に、それに代わる措置、すなわち改変を検知できる電子的な措置に置き換わるという構造です。
同じことが列席者の側にも当てはまります。5項が「署名又はこれに代わる措置」と書いているとおりです。
記載・記録すべき事項(38条)
38条は、公正証書に記載し、または記録しなければならない事項を列挙しています。公正証書の番号、嘱託人の住所および氏名、代理人によって嘱託されたときはその旨と代理人の氏名、通訳人に通訳をさせまたは証人を立ち会わせたときはその旨と事由およびこれらの者の氏名、作成の年月日、その他法務省令で定める事項です。
4号の括弧書きに、31条の方法により通訳人に通訳をさせ、または証人を立ち会わせたときは、その旨と事由を含むとあります。ウェブ会議を使ったこと自体が、公正証書に記録されるということです。
39条は、公証人は、法務省令で定めるところにより、公正証書に他の書面または電磁的記録を引用し、かつ、これを添付することができるとしています。
証人をめぐる二重構造
民法と公証人法で証人の位置づけが違う
ここが、両法を並べないと見えない部分です。
公証人法30条は、公証人は、嘱託人が視覚障害その他の障害により視覚により表現を認識することが困難である場合または嘱託人が文字を理解することが困難である場合において、公正証書を作成するときは、証人を立ち会わせなければならない、と定めています。
つまり公証人法の世界では、証人は限られた場合にだけ必要とされるものです。すべての公正証書に証人が要るわけではありません。
これに対して民法969条1項1号は、公正証書遺言について常に証人2人以上の立会いを求めています。公証人法30条とは要件も人数も違います。
969条3項の「みなし」が2つの世界をつなぐ
このずれを埋めるのが民法969条3項です。第一項第一号の証人については、公証人法第三十条に規定する証人とみなして、同法の規定(同法第三十五条第三項の規定を除く。)を適用する。
遺言の証人は、公証人法30条の証人とみなされます。みなされた結果、公証人法のうち証人に関する規定が及びます。
及ぶものを具体的に挙げると、35条1項により通訳人および証人は嘱託人が選定しなければならないこと、35条2項により証人は通訳人を兼ねることができること、そして31条によりウェブ会議の方法で立ち会わせることができることです。
遺言の証人2人以上がウェブ会議で立ち会えるという結論は、民法969条3項と公証人法31条を接続してはじめて出てきます。どちらか一方だけを読んでも出てきません。
35条3項だけが適用除外である理由
3項の括弧書きは、公証人法35条3項だけを適用除外にしています。35条3項は証人の欠格事由を定めた規定です。
公証人法35条3項が挙げるのは、未成年者、14条各号に掲げる者、嘱託事項について利害関係を有する者、嘱託事項について代理人である者または代理人であった者、嘱託人またはその代理人の配偶者・四親等内の親族・法定代理人・保佐人・補助人・被用者・同居人、公証人の配偶者・四親等内の親族・被用者・同居人・書記の6つです。
これに対して民法974条が挙げるのは、未成年者、推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記および使用人の3つです。
遺言の証人の欠格事由は、民法974条が独自に定めています。だから公証人法35条3項を重ねて適用する必要がなく、明文で外されているわけです。
試験で問われるのは民法974条のほうです。「推定相続人の配偶者は証人になれるか」という形で出れば、974条2号によりなれません。974条の読み方は遺言の方式に詳しくあります。公証人法35条3項のリストを覚える必要はありません。むしろ、遺言には適用されないものだと知っておくほうが有益です。
通訳人が必要になる場合(29条)
29条は、公証人は、嘱託人が日本語に通じない場合、または嘱託人が聴覚・言語機能もしくは音声機能の障害のため音声言語により意思疎通を図ることが困難であり、かつ、視覚障害その他の障害により視覚により表現を認識することが困難である場合もしくは文字を理解することが困難である場合において、公正証書を作成するときは、通訳人に通訳をさせなければならない、と定めています。
27条が「公証人は、日本語で公正証書を作成しなければならない」と定めているので、日本語に通じない嘱託人には通訳人が必要になります。
本人確認と嘱託
28条が本人確認の方法を定める
オンラインで手続を進めるとき、相手が本人かどうかをどう確かめるのかは当然の疑問です。答えは28条にあります。
28条は、嘱託人は、公正証書の作成を嘱託する場合には、法務省令で定めるところにより、公証人に対し、官公署の作成した印鑑に関する証明書または署名用電子証明書等を提供する方法その他の法務省令で定める方法により、嘱託人が本人であることを明らかにしなければならない、と定めています。
署名用電子証明書等は、電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律3条1項に規定する署名用電子証明書その他の電磁的記録であって法務省令で定めるものと定義されています。マイナンバーカードに搭載されている電子証明書がこれにあたります。
印鑑証明書という紙の経路と、電子証明書という電子の経路が並置されているのが、この条文の要点です。
代理人による嘱託(32条)
32条1項は、公正証書の作成の嘱託は代理人によってすることができるとし、2項が、代理人の権限を証する書面または電磁的記録を提供してしなければならないとしています。
ただし遺言については、代理人による嘱託は考えられません。遺言は本人の最終意思を表示する行為であり、代理に親しまないからです。民法969条1項2号が「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」と、遺言者本人の行為を要求していることからも明らかです。
作った後 — 保存、閲覧、正本
保存は公証人が行う
公正証書は公証人が保存します。42条以下が、その保存されたものに対する請求権を定めています。
42条1項は、嘱託人、その承継人または利害関係を有する第三者は、公証人に対し、当該公証人の保存する公正証書またはその附属書類(これらが電磁的記録をもって作成された場合にあっては、その電磁的記録に記録された情報の内容を法務省令で定める方法により表示したもの)の閲覧を請求することができる、と定めています。
電磁的記録の場合は、そのままでは読めないので、表示したものを閲覧する形になります。
42条5項には、住所が明らかにされることにより人の生命もしくは身体に危害を及ぼすおそれがある場合などに、住所を明らかにしない措置を講じたうえで閲覧させる規定が置かれています。
謄本・正本・電磁的記録の提供
43条1項は、書面で作成された公正証書についての謄本・抄本の交付、電磁的記録で作成された公正証書について記録事項の全部または一部を出力した書面の交付、および記録事項を記録した電磁的記録の提供を、それぞれ請求できるとしています。
44条1項は、嘱託人またはその承継人が、正本の交付、記録事項を記載した書面で公証人が内容の同一性を証明したものの交付、記録事項を記録した電磁的記録で同一性を証明したものの提供を請求できるとしています。
45条は、電磁的記録を提供する場合に、指定公証人の作成に係るものであることを示し、改変されているかどうかを確認できる措置を講じることと、その措置を確認するために必要な事項を証明する情報を電磁的方式により付すことを求めています。
46条は、公正証書またはその附属書類の全部または一部が滅失したときに、法務局または地方法務局の長が公証人に対して回復に必要な処分を命ずることができるとしています。
遺言公正証書の特例(49条)
49条は、公証人は、18条2項本文の規定にかかわらず、その役場以外の場所において、民法969条から970条まで及び972条に規定する遺言に係る職務を行うことができる、と定めています。
18条2項本文は、公証人は役場において職務を行うことを要する、という原則です。49条はこれを外し、遺言については役場外で職務を行えるとしています。病床にある遺言者のもとへ公証人が出向いて作成する、といった扱いはこの条文によります。
役場外での作成という物理的な例外と、ウェブ会議という非対面の方法は、別々の条文で用意されていることになります。
変わらなかったもの
証人2人以上と口授は民法に残った
ここまで見てきたとおり、手続の大半は公証人法に移り、電子化とウェブ会議に対応しました。それでも民法969条1項に残されたものが2つあります。証人2人以上の立会いと、遺言者による口授です。
なぜこの2つだけが残ったのか。書面をどう作るかは技術で置き換えられますが、遺言者が自分の意思で、その内容を述べたという事実は置き換えようがないからです。証人は、その事実を後から証明できる人を場に置く仕組みです。口授は、遺言者が自分の口で述べることを要求する仕組みです。
遺言の方式が示しているとおり、遺言の方式が厳格なのは、効力が生じる時点で本人がもういないためです。本人に確かめられないから、作成時点の状況を確実に残す必要がある。この要請に直接応えているのが証人と口授であり、だから民法に残されました。
口授はウェブ会議でもなくならない
ここは誤解しやすい点です。37条2項によって、公証人が口授を聴き取る行為をウェブ会議で行えるようになりました。しかし口授そのものが不要になったわけではありません。遺言者は、画面越しであっても遺言の趣旨を公証人に口頭で伝えなければなりません。
同じく、31条によって証人をウェブ会議で立ち会わせられるようになりましたが、証人が不要になったわけではありません。2人以上という人数も変わっていません。
「オンライン化されたから証人はいらない」「オンラインなら口授も省略できる」という肢が作られたら、いずれも誤りです。
検認も不要のまま
民法1004条2項は、同条1項の検認の規定は公正証書による遺言については適用しない、と定めています。この規定は改正されていません。公正証書遺言に検認が不要であることは変わっていません。
検認が不要になる2つの経路
公証人が関与する経路
公正証書遺言に検認が要らないのは、1004条2項が適用を除外しているからです。理由は明快で、公証人が作成に関与し、その原本を公証人が保存しているため、偽造・変造のおそれがなく、内容も確定しているからです。
法務局が保管する経路
もうひとつの経路があります。法務局における遺言書の保管等に関する法律11条は、民法1004条1項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については適用しない、と定めています。
同法1条により、対象となるのは民法968条の自筆証書によってした遺言に係る遺言書に限られます。同法4条2項は、法務省令で定める様式に従って作成した無封のものでなければならないとし、4条6項は、遺言者が保管の申請をするときは遺言書保管所に自ら出頭して行わなければならないとしています。
2つの経路の共通点
片方は公証人が関与することで、もう片方は法務局が保管することで、それぞれ真正が担保されています。検認は、遺言書の存在と現状を確認して後の偽造・変造を防ぐ手続なので、その必要がない状態が作られていれば省ける、という筋です。
なお、公証人法の改正で公正証書が電磁的記録になっても、この理屈は変わりません。むしろ40条4項1号が改変検知の措置を要求している分、真正の担保はより明示的になっています。
自筆証書遺言書保管制度の手続と、検認の要否の組み合わせは遺言の方式に整理してあります。相続手続全体での位置づけは相続の基礎知識と相続と不動産の基礎を参照してください。
令和8年度の出題範囲を切り分ける
範囲に入るもの
宅建試験は当該年度の4月1日現在施行の法令から出題されます。令和8年度試験の基準日は2026年4月1日です。
令和5年法律第53号による公証人法の改正は2025年10月1日施行なので、範囲に入ります。同じ法律による民法969条・969条の2の改正も同日施行で、範囲に入ります。この記事で扱った条文は、いずれも令和8年度の正解の基準になります。
範囲に入らないもの
公証人法には、基準日より後に施行される改正が3つあります。
令和8年法律第46号による改正が2026年6月24日施行。同法によるさらなる改正が2028年12月23日施行。そして令和5年法律第53号のうち、まだ施行されていない部分が2028年6月13日施行です。
いずれも令和8年度の出題範囲外です。令和9年度以降に順次対象になります。
遺言書保管法についても、令和8年法律第45号による改正が2026年6月24日施行、さらに2029年6月23日施行の部分があり、いずれも範囲外です。したがってこの記事では、2022年4月1日施行の版を基準に書いています。
民法本体は動いていない
民法については、令和8年法律第45号が2026年6月24日に施行されていますが、本則1,173条すべてに差分がないことが条単位で確認されています。遺言の方式(967条から975条)も影響を受けていません。
一方、2027年6月23日施行の改正は遺言の規定を広く書き換えます。これは令和8年度の範囲外です。改正の見取り図は民法改正のポイントにあります。
試験での出題ポイント
前提 — 深追いする分野ではない
最初に線を引いておきます。遺言は権利関係14問のなかで頻出とは言えず、公正証書遺言の作成手続の細目はさらに周辺です。公証人法の条番号が問われることは、まず想定しなくてよいでしょう。
取れるところを確実に取り、深追いしない範囲をあらかじめ決めるという方針は権利関係の全体像で述べたとおりです。この記事の内容のうち、覚えるべきは次節の出題ポイントに絞られる部分だけです。それ以外は、条文がそうなっているという事実を確認したら先へ進んでください。
旧969条の号を根拠にする肢
「民法969条3号により、公証人は筆記した内容を遺言者および証人に読み聞かせなければならない」という形の肢は、現行条文に対応しません。3号は削除されており、読み聞かせは公証人法40条1項にあります。
もっとも、読み聞かせが必要であること自体は変わっていないので、結論としては正しく、根拠条文だけが誤りという肢になります。判断に迷ったら結論で判定してください。
オンライン化で要件が消えたとする肢
「ウェブ会議の方法により公正証書遺言を作成する場合、証人の立会いは不要である」は誤りです。31条は証人をウェブ会議で立ち会わせることを認めただけで、民法969条1項1号の証人2人以上という要件は動いていません。
「ウェブ会議による場合は口授に代えて書面の提出で足りる」も誤りです。969条1項2号の口授は残っています。口授に代えられるのは、969条の2第1項が定める場合、すなわち口がきけない者が通訳人の通訳により申述し、または自書する場合だけです。
ウェブ会議を無条件に使えるとする肢
「嘱託人が希望すれば、常にウェブ会議の方法によることができる」は誤りです。31条・37条2項・40条3項は、いずれも嘱託人からの申出があり、かつ公証人が当該申出を相当と認めるときという要件を置いています。37条2項と40条3項には、他の嘱託人がいる場合にその者に異議がないことという要件も加わります。
電磁的記録と書面の原則・例外
「公正証書は書面で作成するのが原則であり、嘱託人の承諾があれば電磁的記録によることもできる」は誤りです。36条は電磁的記録を原則とし、書面は「電磁的記録をもって公正証書を作成することにつき困難な事情がある場合」の例外としています。原則と例外が逆です。
署名押印が全廃されたとする肢
「公正証書の作成に署名押印は不要となった」は誤りです。40条4項2号により、書面で作成する場合には署名および21条1項の印鑑による押印が必要です。電磁的記録の場合に、改変検知が可能な電子的措置に置き換わるという構造です。
証人の欠格事由をどちらで判定するか
「公正証書遺言の証人については、公証人法35条3項の欠格事由が適用される」は誤りです。民法969条3項が同項を明文で適用除外にしており、遺言の証人の欠格事由は民法974条によります。
出題されるのは974条のほうです。未成年者、推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記および使用人の3つです。
検認の要否
「公正証書遺言が電磁的記録で作成された場合には、家庭裁判所の検認を要する」は誤りです。1004条2項は公正証書による遺言について検認の適用を除外しており、記録の形式によって区別していません。
施行日をずらす肢
「公正証書のデジタル化に関する改正は令和8年度試験の出題範囲外である」は誤りです。令和5年法律第53号による公証人法および民法969条の改正は2025年10月1日施行で、基準日の2026年4月1日より前です。
覚え方・整理の仕方
「真意は民法、器は公証人法」
改正の切り分けを一言で持つなら、これです。遺言者の真意を確かめる部分、すなわち証人2人以上と口授は民法969条1項に残り、書類をどう作ってどう残すかは公証人法に移りました。
この対応が頭にあれば、「読み聞かせは何条か」と問われたときに、読み聞かせは器の話だから公証人法だと見当がつきます。
ウェブ会議は「3か所・同じ要件」
31条が通訳人と証人の立会い、37条2項が事実の実験(口授の聴取)、40条3項が読み聞かせと承認。3か所です。
要件はいずれも、嘱託人の申出と公証人の相当性判断。37条2項と40条3項にはさらに他の嘱託人の異議がないことが加わります。「申出+相当と認める」を1セットで覚えれば、3か所とも処理できます。
そして排除されているのは保証意思宣明公正証書だけ(37条3項)。遺言は排除されていません。
「原則は電子、紙は困難な場合」
36条の原則と例外は逆に覚えやすいので、一度声に出して確認してください。1号が電磁的記録で、2号の書面には「困難な事情がある場合」という限定が付いています。
証人は「民法が人数、公証人法が扱い、欠格は民法」
証人については3つに分けます。人数と必要性は民法969条1項1号。選定・兼任・ウェブ立会いの扱いは公証人法(35条1項2項・31条)。欠格事由は民法974条で、公証人法35条3項は適用除外。
この3分割で、証人に関する肢はほぼ判定できます。
検認不要は「公証人か法務局か」
検認が不要になる経路は2つだけです。公証人が関与した公正証書遺言(1004条2項)と、法務局に保管された自筆証書遺言(保管法11条)。関与するのが公証人か法務局かの違いで、どちらも真正が担保されているから検認が省ける、と理由で覚えると混同しません。
覚えなくてよいもの
公証人法の条番号、38条の記載事項の列挙、42条から46条の閲覧・謄本・正本の区別、28条の本人確認の方法。これらは条文がそうなっていることを一度確認すれば十分です。試験で問われる可能性を考えると、覚える対象に入れる必要はありません。
理解度チェッククイズ
Q1. 民法969条は、公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者および証人に読み聞かせ、または閲覧させることを、同条3号で定めている。○か×か。
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×。969条3号は令和5年法律第53号により削除され、2025年10月1日から施行されています。現行969条は1号(証人2人以上の立会い)と2号(遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること)の2号しかありません。読み聞かせまたは閲覧と、列席者による承認は、公証人法40条1項に移りました。**読み聞かせが必要であること自体は変わっていません。**根拠条文だけが移動しています。なお、この改正は2026年4月1日より前に施行されているので、令和8年度試験の出題範囲に入ります。Q2. 公正証書は、書面をもって作成することが原則であり、嘱託人の承諾があるときに限り電磁的記録によることができる。○か×か。
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×。原則と例外が逆です。公証人法36条は、1号で「次号に掲げる場合以外の場合」に電磁的記録をもって作成するものとし、2号で「電磁的記録をもって公正証書を作成することにつき困難な事情がある場合」に書面をもって作成するものとしています。**電磁的記録が原則で、書面が例外です。**また、電磁的記録によることに嘱託人の承諾は要件とされていません。なお41条は、印紙を貼用させるのは「書面をもって作成されたものに限る」としており、電磁的記録の公正証書に印紙は貼れません。Q3. 公正証書遺言の作成にあたり、証人はウェブ会議の方法によって立ち会うことができる。○か×か。
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○。ただし条文を2つ接続する必要があります。まず民法969条3項が、969条1項1号の証人について「公証人法第三十条に規定する証人とみなして、同法の規定(同法第三十五条第三項の規定を除く。)を適用する」としています。そして公証人法31条が、嘱託人からの申出があり公証人が相当と認めるときは、ウェブ会議の方法によって証人を公正証書の作成に立ち会わせることができるとしています。**立会いの方法が変わるだけで、証人2人以上という要件は動きません。**「オンラインなら証人は不要」とする肢は誤りです。Q4. 公正証書遺言の証人の欠格事由は、公証人法35条3項が定めている。○か×か。
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×。民法969条3項の括弧書きが、公証人法35条3項を明文で適用除外にしています。遺言の証人の欠格事由を定めているのは**民法974条**で、未成年者、推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記および使用人の3つです。公証人法35条3項のリストは6号まであり内容も異なりますが、遺言には適用されません。一方、35条1項(証人は嘱託人が選定する)と2項(証人は通訳人を兼ねることができる)は適用除外になっていないので、遺言の証人にも及びます。Q5. 嘱託人から申出があれば、公証人は常にウェブ会議の方法によって公正証書の作成に係る手続を行わなければならない。○か×か。
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×。公証人法31条、37条2項、40条3項はいずれも「嘱託人からの申出があり、かつ、**当該申出を相当と認めるとき**は」としており、公証人の相当性の判断が要件になっています。申出があれば当然に使えるわけではありません。さらに37条2項と40条3項には、申出をした嘱託人以外に他の嘱託人がある場合には**その者に異議がないときに限る**というただし書があります。加えて37条3項により、事業に係る債務についての保証意思宣明公正証書(民法465条の6第1項等)については37条2項が適用されず、ウェブ会議によることができません。まとめ
民法969条は2025年10月1日に3号から5号を失いました。現行は1号(証人2人以上の立会い)と2号(遺言者による口授)だけで、2項が「公正証書は、公証人法の定めるところにより作成する」と受けています。この改正は基準日の2026年4月1日より前に施行されているので、令和8年度試験の出題範囲に入ります。
渡された先の公証人法では、36条が電磁的記録による作成を原則とし、書面を「困難な事情がある場合」の例外に置きました。読み聞かせと承認は40条1項に移り、承認後の措置は電磁的記録なら改変検知が可能な措置、書面なら署名および印鑑による押印と、40条4項が書き分けています。署名押印がなくなったのではなく、電子の場合に置き換わる構造です。
ウェブ会議が使えるのは3か所です。31条の通訳人の通訳と証人の立会い、37条2項の事実の実験、40条3項の読み聞かせと承認。いずれも嘱託人の申出と公証人の相当性判断が要件で、37条2項と40条3項には他の嘱託人の異議がないことも加わります。37条3項により、保証意思宣明公正証書だけは除外されています。
証人については、人数と必要性が民法969条1項1号、選定・兼任・ウェブ立会いの扱いが公証人法35条1項2項と31条、欠格事由が民法974条という三層構造です。民法969条3項が公証人法35条3項だけを適用除外にしているのは、遺言の証人の欠格事由を民法974条が独自に持っているからです。
そして、変わらなかったものが2つあります。証人2人以上の立会いと、遺言者による口授です。書類の作り方は技術に合わせて変えられても、遺言者が自分の意思で内容を述べたという事実の確かめ方は変えられない。効力が生じるときに本人がもういないという遺言の性質が、この2つを民法にとどめています。検認が不要であること(1004条2項)も変わっていません。
なお、この論点は深追いする対象ではありません。押さえるべきは、証人2人以上・口授・検認不要という核心が動いていないこと、旧969条3号から5号は現行条文にないこと、ウェブ会議でも証人と口授はなくならないこと。この3つで足ります。遺言の方式全体は遺言の方式に、権利関係のどこに時間を使うかは権利関係の頻出論点にまとめてあります。
宅建試験AIブートラボのアプリでは、遺言の方式と検認の要否を肢別に演習できます。改正で条文の位置が動いた論点は、結論から逆算して判定する練習をしておくと崩れません。
民法・借地借家法・区分所有法など、条文だけでは判断しづらい論点は、過去問の肢で覚えるのが最短です。