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宅建の資格手当|仕組みと確認すべきこと

キャリア・試験情報 読了 約24分

宅建の資格手当は法律上の義務ではなく企業が任意に定めるものです。支給の4つの形、残業代の算定基礎に入る理由、費用負担後に退職した場合の扱いまで、法令にもとづいて整理します。

目次

    この記事は、宅地建物取引士の資格手当や会社の資格取得支援制度が、法律上どういう位置づけにあるのかを整理したものです。

    先に断っておきます。資格手当の金額は企業ごとに定めるもので、公的機関が調査・公表した統計はほとんど存在しません。したがって本記事では「相場は月いくら」といった金額を書きません。出典を示せない数字を並べても、読んだ人の判断材料にならないからです。代わりに、金額以外のところ、つまり手当がどういう仕組みで発生し、支給されると税や残業代の計算がどう変わり、会社に費用を出してもらった場合に何が問題になりうるのかを、条文にもとづいて扱います。ここは法令で確定しているので、確かなことが書けます。

    結論を先に述べます。資格手当は法律上の義務ではなく、会社が就業規則や賃金規程で定めてはじめて発生します。そして毎月支給される資格手当は、残業代の計算の基礎に含めなければならないと法令が定めています。この2点を知っているかどうかで、求人票の読み方も、入社後に確認すべきことも変わります。

    資格手当とは何か

    支給を義務づける法律はない

    まず前提として、宅建士に資格手当を支給しなければならないと定めた法律はありません。宅地建物取引業法は、事務所ごとに専任の宅地建物取引士を置くことを業者に義務づけていますが(31条の3第1項)、その宅建士に手当を支給せよとは定めていません。労働基準法にも、特定の資格保有者への手当を要求する規定はありません。

    したがって、資格手当は会社が任意に設ける制度です。同じ業界、同じ規模の会社でも、手当がある会社とない会社があり、金額もばらばらになるのは、この任意性が理由です。「宅建を取れば必ず手当がつく」という前提は誤りだと理解しておいてください。

    就業規則や賃金規程に定めがあってはじめて権利になる

    任意の制度である以上、支給の根拠は会社の規程にあります。労働基準法89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対して就業規則の作成と届出を義務づけており、同条2号は賃金の決定、計算および支払の方法、賃金の締切りおよび支払の時期ならびに昇給に関する事項を必ず記載すべき事項としています。資格手当も賃金の一部ですから、支給するのであれば就業規則、あるいはその一部である賃金規程に定めが置かれることになります。

    そして労働契約法7条は、合理的な労働条件を定める就業規則を労働者に周知させていた場合、労働契約の内容は当該就業規則で定める労働条件によると定めています。つまり、規程に「宅地建物取引士の資格を有する者に資格手当を支給する」と書かれ、それが周知されていれば、それは労働契約の内容となり、会社は支払義務を負います。逆に、規程のどこにも書かれておらず、面接で口頭の説明があっただけという状態は、後から確認できる根拠が残りません。

    労働基準法15条1項は、使用者は労働契約の締結に際して労働者に対し賃金その他の労働条件を明示しなければならないと定め、施行規則5条が賃金に関する事項について書面の交付等による明示を求めています。入社時に交付される労働条件通知書に手当の記載があるかどうかは、最初に確認すべき点です。

    支給条件は会社ごとに違う

    規程が置かれている場合でも、何をもって支給の要件とするかは会社によって異なります。試験に合格した時点なのか、都道府県知事の登録を受けた時点なのか、宅地建物取引士証の交付を受けた時点なのか。あるいは、その事務所の専任の宅建士として届け出られた場合に限るのか。

    この違いは実務的に大きな差になります。試験合格から登録、宅建士証の交付までには手続と費用と時間がかかるからです。登録に必要な要件や手続の流れは宅建士登録の手続きで、実務経験が2年に満たない場合に受ける講習については宅建士の実務講習で扱っています。合格後にやるべきことの全体像は宅建合格後にやることにまとめてあります。

    なぜ会社は宅建士を必要とするのか

    手当が任意の制度であるにもかかわらず、不動産業界で資格取得を促す会社が多いのは、法令上の構造に理由があります。

    第一に、設置義務です。宅地建物取引業法31条の3第1項は、事務所その他国土交通省令で定める場所ごとに、成年者である専任の宅地建物取引士を置くことを業者に義務づけています。施行規則15条の5の3により、事務所については業務に従事する者5人に1人以上の割合が必要です。宅建士がいなければ、その事務所は法令に適合しない状態になります。

    第二に、この設置義務が免許そのものに結びついている点です。宅地建物取引業法5条1項は免許の基準を定めており、事務所について31条の3第1項の規定に適合しないことも、免許を拒否する事由に挙げられています。すでに免許を受けている業者がこの状態に至り、是正しないままであれば、監督処分の対象となりえます。宅建士の不足は、一事業所の問題にとどまらず、事業を続けられるかどうかに直結します。免許制度の全体像は宅建業の免許制度で扱っています。

    第三に、独占業務です。重要事項の説明(35条1項)、35条書面への記名(35条5項)、37条書面への記名(37条3項)は宅建士にしかできません。取引を成立させるたびにこれらが必要になるため、案件数に応じて宅建士の稼働が必要になります。

    この3つが重なるため、会社は宅建士を確保し、社内で育てる動機を持ちます。資格手当や取得支援制度は、この動機が制度として形になったものだと理解しておくと、なぜ業界によって手当の有無に差があるのかも見当がつきます。

    支給の形は4つある

    「資格取得を支援する制度」とひとくくりにされがちですが、実際には性質の異なるものが混在しています。少なくとも4種類に分けて考えてください。

    毎月定額で支給される資格手当

    最も典型的な形です。給与明細に「資格手当」という項目が立ち、毎月一定額が支給されます。この形は、後述するとおり残業代の計算や社会保険料の算定に影響します。継続的に支払われる賃金なので、労働条件としての性格が最も強い形です。

    合格時の一時金や報奨金

    試験に合格したときに一度だけ支払われるものです。名称は合格祝金、報奨金、奨励金などさまざまですが、一度きりであるという点が毎月の手当と決定的に違います。臨時に支払われる賃金にあたるため、残業代の計算基礎には含まれません。

    継続的な収入増にはならないので、求人票に「資格取得支援あり」とだけ書かれている場合、それが毎月の手当なのか一時金なのかを確かめる必要があります。

    受験料や講座費用の補助

    試験を受ける前の段階を支援するものです。受験手数料、市販教材の購入費、通信講座や通学講座の受講料を会社が負担する、あるいは合格した場合に限って事後的に精算する、といった形があります。

    これは賃金というより費用の負担であり、性格が異なります。後述するとおり、税務上の扱いも毎月の手当とは違います。また、合格を条件とする場合、不合格なら自己負担になる点も確認が必要です。

    登録実務講習や法定講習の費用負担

    合格したあとの段階を支援するものです。実務経験が2年に満たない人が登録のために受ける登録実務講習、宅建士証の交付や更新のために受ける法定講習の費用を会社が負担する形です。

    宅建士証の有効期間は5年で、更新のたびに法定講習を受ける必要があります(宅地建物取引業法22条の2)。長く勤めるほど繰り返し発生する費用なので、初回だけ負担するのか、更新のたびに負担するのかは確認しておく価値があります。講習の内容と手続は宅建士の法定講習を参照してください。

    この4つは、支給されるタイミングも、賃金にあたるかどうかも、税の扱いも違います。まとめて「資格手当」と呼ばれていることが多いので、自分の会社の制度がどれにあたるのかを最初に整理してください。

    毎月の資格手当は残業代の計算に入る

    ここが、法令で確定していて、かつ実益の大きい論点です。

    除外できる賃金は限定列挙されている

    労働基準法37条は、時間外労働や休日労働に対して割増賃金を支払うことを使用者に義務づけています。その計算の基礎となる賃金について、同条5項は「家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない」と定めています。

    そして厚生労働省令、すなわち労働基準法施行規則21条が、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金を挙げています。条文本文の家族手当と通勤手当を合わせると、除外できるのは7種類です。

    重要なのは、この7種類が例示ではなく限定列挙だという点です。行政解釈でも一貫してそう扱われています。したがって、ここに挙がっていない賃金は、すべて割増賃金の計算基礎に算入しなければなりません。

    資格手当は除外されない

    7種類の中に資格手当はありません。したがって、毎月支給される資格手当は、残業代の計算基礎から除外できません。基本給に資格手当を加えた額をもとに1時間あたりの単価を算出し、それに割増率を乗じて残業代を計算することになります。

    除外されている7種類に共通するのは、労務の内容と直接の関係が薄く、労働者の個人的な事情によって決まる性質を持つという点です。扶養家族が何人いるか、どこに住んでいるか、通勤にいくらかかるか。これらは仕事の内容とは無関係です。一方、資格手当は職務遂行能力に対して支給されるものなので、労務と直接結びついています。除外されない理由は、この性質の違いにあります。

    名称ではなく実質で判断される

    もう一点、押さえておくべきことがあります。除外できるかどうかは、手当の名称ではなく実質で判断されます。たとえば「家族手当」という名称でも、扶養家族の有無や人数に関係なく全員に一律で支給されているものは、実質が家族手当ではないため除外できないと解されています。

    これは逆方向にも働きます。資格手当という名称の手当を、実質を変えずに別の名称に付け替えても、除外できるようにはなりません。残業代の計算を確認する際は、名称の並びではなく、それぞれの手当が何にもとづいて支給されているかを見てください。

    最低賃金との関係

    似た論点として最低賃金があります。最低賃金法4条3項と同法施行規則1条は、最低賃金の対象となる賃金から除外されるものを定めていますが、そこに資格手当は含まれていません。したがって、毎月支給される資格手当は最低賃金の計算に算入されます。

    ただし、除外されるものの範囲は割増賃金の場合と完全には一致しません。二つの制度で除外リストが別々に定められているためです。混同しないように、それぞれ根拠条文に当たって確認してください。

    基本給に組み込むか、別途支給か

    同じ金額でも、基本給に組み込まれているのか、資格手当として別項目で支給されているのかで、後々の扱いが変わることがあります。

    賞与と退職金の算定

    多くの会社では、賞与や退職金を基本給に一定の率を乗じて算定します。この方式をとっている場合、資格手当が基本給に組み込まれていれば賞与や退職金の額にも反映されますが、別途の手当であれば反映されません。

    もっとも、賞与や退職金の算定方法は法律で決まっているわけではなく、会社の規程次第です。「別途手当なら退職金に反映されない」と一般化することはできません。自社の退職金規程が何を算定基礎としているかを確認するしかありません。年収全体の構造については宅建士の年収宅建士の年収を参照してください。

    資格を失った場合、更新しなかった場合

    別項目の資格手当として支給されている場合、資格を保有しなくなれば手当の支給も止まるのが通常です。宅建士証の更新を怠って有効期間が切れた場合、支給要件を満たさなくなる可能性があります。

    一方、基本給に組み込まれている場合は、その部分だけを取り出して減額することが難しくなります。賃金の減額は労働条件の不利益変更にあたるからです。労働契約法9条は、使用者は労働者と合意することなく就業規則を変更することにより労働者に不利益な労働条件の変更をすることはできないと定め、同法10条が例外として、変更後の就業規則を周知させ、かつ変更が合理的である場合に限って変更を認めています。合理性は、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などから判断されます。

    手当の廃止や減額

    会社が資格手当の制度そのものを廃止したり、金額を引き下げたりする場合も、同じく不利益変更の問題になります。就業規則の変更によって行うのであれば、労働契約法10条の合理性が問われます。

    ただし、これは個別の事情によって結論が変わる領域です。手当の金額が賃金全体に占める割合、代償措置の有無、経営上の必要性などが総合的に考慮されるため、一律の答えはありません。実際に問題が生じた場合は、労働基準監督署や専門家に相談するのが確実です。

    税と社会保険の扱い

    毎月の資格手当は課税され、社会保険料の対象にもなる

    毎月支給される資格手当は給与の一部なので、所得税と住民税の課税対象になります。加えて、健康保険と厚生年金保険の標準報酬月額の算定基礎にも含まれます。健康保険法と厚生年金保険法にいう報酬は、名称のいかんを問わず労働者が労務の対償として受けるすべてのものを指し、臨時に受けるものと3か月を超える期間ごとに受けるものだけが除かれるからです。

    したがって、手当の額がそのまま手取りの増加になるわけではありません。所得税、住民税、社会保険料が控除された残りが手取りに反映されます。

    一時金の扱い

    合格時の一時金は、臨時に支払われる賃金なので割増賃金の計算基礎からは除かれますが、給与所得として課税される点は変わりません。社会保険についても、賞与に該当する場合は標準賞与額の対象になります。「一時金だから税金がかからない」ということはありません。

    会社が負担する受験料や講習費用

    これは扱いが違います。国税庁の所得税基本通達36-29-2は、使用者が自己の業務遂行上の必要にもとづき、役員または使用人にその職務に直接必要な技術もしくは知識を習得させ、または免許もしくは資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用等に充てるものとして支給する金品については、これらの費用として適正なものに限り、課税しなくて差し支えないとしています。

    宅地建物取引業を営む会社が、業務上の必要から従業員に宅建士の資格を取得させるために受験料や講習費用を負担する場合、この通達の要件を満たせば給与課税されない扱いになりえます。要件は、業務遂行上の必要があること、職務に直接必要な資格であること、費用として適正な額であることの3点です。

    裏を返すと、業務と関係のない資格の費用を会社が出した場合や、実費を大きく超える金銭を支給した場合は、給与として課税される可能性があります。この判断は個別の事情によるため、具体的な取扱いは会社の経理や顧問税理士に確認してください。

    会社の制度がない場合の教育訓練給付

    会社に支援制度がない場合でも、公的な制度を使える場合があります。雇用保険の教育訓練給付制度がそれで、厚生労働大臣が指定した講座を受講し修了した場合に、費用の一部が支給されます。宅建の講座にも指定を受けているものがあります。

    支給の割合と上限、必要な被保険者期間は制度の区分によって異なり、また改正もあるため、受講前に厚生労働省の教育訓練講座検索システムとハローワークで確認してください。制度の詳細は教育訓練給付金にまとめてあります。

    登録と維持にかかる費用

    支援制度の対象になる費用がいくらなのかは、資格手当と違って公表されています。都道府県の手数料条例で定められているためです。

    試験に合格したあと、都道府県知事の資格登録を受けるための手数料は37,000円です。そのうえで宅地建物取引士証の交付を申請する手数料が4,500円かかります。実務経験が2年に満たない場合は、登録の前に登録実務講習を受ける必要があり、その受講料が別途発生します。受講料は実施機関によって異なります。

    さらに、試験に合格した日から1年を超えてから宅建士証の交付を申請する場合は、申請前6か月以内に行われる法定講習を受講しなければなりません(宅地建物取引業法22条の2第2項)。この受講料も別途必要で、金額は都道府県によって異なります。合格から1年以内に交付まで進めば法定講習が不要になるので、費用と時間の両面で有利です。

    そして宅建士証の有効期間は5年なので(同条3項)、更新のたびに法定講習の受講料と交付手数料が発生します。宅建士でい続けるには、5年ごとに費用と時間がかかるということです。

    会社の支援制度を見るときは、この一連の費用のうちどこまでが対象なのかを確認してください。受験料だけなのか、登録手数料や講習費用まで含むのか、初回だけなのか更新のたびに負担されるのか。長く働くほど差が出る部分です。

    雇用形態によって差を設けられるか

    短時間勤務や有期契約で働く場合、正社員と同じ資格を持っていても手当が支給されないことがあります。この扱いには法律上の枠があります。

    短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律、いわゆるパートタイム・有期雇用労働法8条は、事業主に対し、短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、通常の労働者の待遇との間に不合理と認められる相違を設けてはならないと定めています。判断にあたっては、業務の内容および当該業務に伴う責任の程度、職務の内容および配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質および目的に照らして適切と認められるものが考慮されます。

    同法9条はさらに進んで、職務の内容と配置の変更の範囲が通常の労働者と同一である短時間・有期雇用労働者については、待遇について差別的取扱いをしてはならないと定めています。

    ここで重要なのは、8条が「待遇のそれぞれについて」と定めている点です。賃金の総額で比べるのではなく、資格手当なら資格手当という個々の待遇ごとに、その性質と目的に照らして判断されます。資格手当の目的が資格保有者の職務遂行能力に対する評価であるなら、同じ資格を持ち同じ業務を担っている以上、雇用形態だけを理由に差を設けることの合理性は説明しにくくなります。

    もっとも、実際の職務の内容や責任の範囲が異なる場合には、相違が不合理とはいえないこともあります。個別の事情によるので、一律の答えはありません。厚生労働省は「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」を告示しており、待遇ごとの考え方が示されています。

    説明を求める権利がある

    実務的に役立つのが同法14条2項です。事業主は、短時間・有期雇用労働者から求めがあったときは、通常の労働者との待遇の相違の内容および理由等について説明しなければならないと定めています。つまり、「同じ資格を持っているのに手当が支給されないのはなぜか」と説明を求めることが法律上認められています。

    同条3項は、説明を求めたことを理由とする不利益な取扱いを禁じています。まず説明を求め、示された理由が納得できるものかを確認する。ここから始めるのが順序として穏当です。

    費用を負担してもらった後に退職したら

    会社が資格取得の費用を負担する制度には、しばしば「取得後一定期間内に退職した場合は費用を返還する」という条件が付きます。この取り決めの有効性は、しばしば争いになる論点です。

    労働基準法16条という出発点

    労働基準法16条は、使用者は労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならないと定めています。趣旨は、金銭的な負担を背景に労働者を職場に縛りつけることを防ぐことにあります。

    資格取得費用の返還条項が、実質的に一定期間の勤務を強制し、退職の自由を不当に制限するものであれば、この16条に抵触して無効と解される余地があります。裁判例でも、この観点から返還条項の効力が判断されてきました。

    形式ではなく実質で見られる

    会社側が「費用は貸付であり、一定期間勤務すれば返還を免除する」という形式をとることがあります。しかし、形式が消費貸借であっても、実質が退職を制限するための違約金であれば、16条の適用を免れないと考えられています。

    裁判例が考慮してきた要素としては、その研修や資格取得が業務上の必要にもとづくものか、それとも労働者個人の利益になるものか、労働者が自由な意思で受講を選択したのか、返還が免除されるまでの期間が長すぎないか、返還を求められる金額が合理的か、といった点が挙げられます。業務上必要で会社が受講を指示したものほど、返還を求めることの正当性は弱くなる傾向があります。

    ただし個別の判断になる

    ここで注意していただきたいのは、返還条項が常に無効になるわけでも、常に有効になるわけでもないという点です。事案ごとの事情によって結論が分かれるため、この記事で断定的なことは書けません。

    実務的に大切なのは、制度を利用する前に条件を確認しておくことです。返還の対象となる費用の範囲、返還義務が消える勤務期間、自己都合退職と会社都合退職で扱いが違うのか。これらが規程に書かれていなければ、書面で確認しておくのが確実です。争いになってから条件を調べるより、利用する前に読んでおくほうが負担が小さくて済みます。

    試験での出題ポイント

    資格手当そのものは宅建試験の出題範囲ではありませんが、手当の前提となる専任の宅地建物取引士の制度と登録に関する規定は、宅建業法の出題範囲そのものです。手当の支給条件として「専任の宅建士として届け出られること」を挙げる会社があるため、実益の面でも重なります。

    専任の宅建士の設置義務

    宅地建物取引業法31条の3第1項は、宅地建物取引業者はその事務所その他国土交通省令で定める場所ごとに、国土交通省令で定める数の成年者である専任の宅地建物取引士を置かなければならないと定めています。その数を定めるのが施行規則15条の5の3で、事務所については業務に従事する者5人に1人以上の割合です。

    契約行為等を行う案内所等には少なくとも1人以上を置く必要があります。「5人に1人」という数字を案内所に、「1人以上」を事務所に付け替えた選択肢が出るので、どちらの場所の話かを確認してください。

    2週間以内の是正

    31条の3第3項は、既存の事務所等が同条1項の規定に抵触するに至ったときは、2週間以内に必要な措置を執らなければならないと定めています。専任の宅建士が退職して基準を下回った場合、2週間以内に補充するか、従業者の数を調整して適合させることになります。

    専任性の意味

    専任とは、その事務所に常勤し、専ら宅地建物取引業の業務に従事することをいいます。国土交通省の「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」が示す内容です。したがって、実際には勤務していないのに専任の宅建士として届け出る、いわゆる名義貸しは認められません。

    名義貸しが行われた場合、業者は虚偽の届出をしたことになり監督処分の対象となります。宅建士自身も、宅地建物取引業法68条にもとづく指示処分や事務禁止処分の対象となりえます。手当を目的に名義だけを貸すことは、資格そのものを失いかねない行為です。

    なお、令和3年に「解釈・運用の考え方」が改正され、ITの活用等により事務所以外の場所でも適切に業務を行える体制が確保されている場合には、テレワークによる勤務も専任と認めて差し支えないことが明確化されています。専任の要件は専任の宅建士で詳しく扱っています。

    転職したら変更の登録が必要

    宅地建物取引業法20条は、登録を受けている者は、資格登録簿の登載事項に変更があったときは遅滞なく変更の登録を申請しなければならないと定めています。勤務先の宅地建物取引業者の商号または名称および免許証番号は登載事項なので、転職すればこの申請が必要になります。

    これと混同しやすいのが登録の移転です。19条の2は、登録を受けている都道府県以外の都道府県に所在する事務所に勤務することとなったとき、または勤務しようとするときに、登録の移転を申請できると定めています。こちらは義務ではなく任意であり、住所を移しただけでは申請できません。「転職したら登録の移転をしなければならない」という選択肢は誤りです。

    独占業務との関係

    そもそも会社が宅建士を必要とするのは、重要事項の説明(35条1項)、35条書面への記名(35条5項)、37条書面への記名(37条3項)が宅建士にしかできないからです。この構造が、資格に対する需要の源になっています。業務の中身は宅建士の仕事内容宅建士の独占業務で扱っています。

    覚え方・整理の仕方

    「義務ではない」を出発点にする

    資格手当について考えるときは、まず「法律上の義務ではない」から始めてください。義務でない以上、根拠は会社の規程にあり、規程の内容を確認しないかぎり何も確定しません。この順序を守れば、根拠のない相場の話に振り回されずに済みます。

    4つの形を性質で分ける

    毎月の手当、合格時の一時金、受験前の費用補助、登録・更新時の費用負担。この4つは、継続性の有無と、賃金か費用かという2つの軸で整理できます。毎月の手当だけが継続する賃金であり、だからこそ残業代や社会保険に影響します。一時金は賃金だが継続しない。費用補助と講習費用負担は賃金ではなく費用の負担です。

    除外賃金は7つ、資格手当は入っていない

    割増賃金の基礎から除外できるのは、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7つだけです。共通するのは、労務の内容と直接の関係が薄いという性質です。資格手当は職務遂行能力に対するものなので性質が違い、除外されません。理由から思い出せるようにしておくと、リストを丸暗記せずに済みます。

    宅建業法の数字は場面で束ねる

    専任の宅建士に関する数字は5人に1人と2週間、宅建士証に関する数字は5年と6か月と1年です。手当の支給条件として登場するのは前者の話が多いので、どちらの場面かを意識して区別してください。

    求人や社内制度で確認すべきこと

    最後に、実際に確認する項目を整理します。金額そのものより、次の点を押さえるほうが判断に役立ちます。

    第一に、その手当が就業規則または賃金規程に定められているかどうか。入社前であれば労働条件通知書に記載があるかを確認します。

    第二に、支給の起点はどこか。試験合格か、登録完了か、宅建士証の交付か。手続には時間と費用がかかるので、起点が違えば実際に受け取り始める時期が数か月変わります。

    第三に、基本給に組み込まれるのか、別項目の手当なのか。賞与や退職金の算定基礎に含まれるかどうかに関わります。

    第四に、専任の宅建士として届け出られる前提かどうか。専任として届け出られるなら、常勤性が求められ、他社との兼業や名義貸しはできません。手当と引き換えに負う責任を理解しておく必要があります。

    第五に、資格を保有しなくなった場合、あるいは宅建士証を更新しなかった場合にどうなるか。更新のたびに法定講習の費用が発生するので、その負担の所在もあわせて確認します。

    第六に、会社が費用を負担する制度を利用する場合、返還の条件がどう定められているか。

    これらは面接の場でも質問できる内容です。面接での確認の仕方については宅建士の面接対策、業界への転職全般については宅建を活かした転職先宅建士のキャリアパスを参照してください。

    支給されない、計算が合わないと感じたとき

    規程に定めがあるのに支給されない、あるいは残業代の計算に資格手当が入っていないように見える、といった場合の相談先は、内容によって分かれます。

    割増賃金の未払いや賃金の不払いは労働基準法違反の問題なので、事業場を管轄する労働基準監督署が窓口になります。残業代の計算基礎に資格手当が算入されていない場合、これは労働基準法37条の問題です。

    一方、待遇の相違が不合理かどうか、手当の減額が有効かどうかといった民事上の紛争は、労働基準監督署が是正を命じる筋のものではありません。この種の相談は、各都道府県労働局や労働基準監督署内に設置されている総合労働相談コーナーが入口になります。個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律にもとづき、都道府県労働局長による助言・指導や、紛争調整委員会によるあっせんという手続も用意されています。

    いずれの場合も、就業規則や賃金規程、労働条件通知書、給与明細といった書面を手元にそろえてから相談するほうが話が早く進みます。

    理解度チェッククイズ

    Q1. 宅地建物取引業者は、専任の宅地建物取引士に対して資格手当を支給しなければならないと宅地建物取引業法に定められている。(○か×か)

    答えを見る×:宅地建物取引業法31条の3第1項は、事務所ごとに国土交通省令で定める数の成年者である専任の宅地建物取引士を置くことを義務づけていますが、手当の支給を義務づける規定はありません。資格手当は会社が任意に定める制度であり、就業規則や賃金規程に定めがあってはじめて労働契約の内容になります(労働契約法7条)。

    Q2. 毎月定額で支給される資格手当は、時間外労働に対する割増賃金の計算基礎から除外することができる。(○か×か)

    答えを見る×:労働基準法37条5項と同法施行規則21条が定める除外賃金は、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7つで、これは限定列挙とされています。資格手当はここに含まれないため、割増賃金の計算基礎に算入しなければなりません。除外されている7つは労務の内容と直接の関係が薄いものである点が共通しています。

    Q3. 専任の宅地建物取引士が退職して法定の人数を下回った場合、宅地建物取引業者は30日以内に必要な措置を執らなければならない。(○か×か)

    答えを見る×:宅地建物取引業法31条の3第3項が定める期間は2週間以内です。既存の事務所等が同条1項の規定に抵触するに至ったときは、2週間以内に補充するなどして適合させなければなりません。なお、事務所に置くべき専任の宅建士の数は、業務に従事する者5人に1人以上の割合です(施行規則15条の5の3)。

    Q4. 宅地建物取引士が転職して勤務先の宅地建物取引業者が変わった場合、登録の移転を申請しなければならない。(○か×か)

    答えを見る×:必要なのは変更の登録です。勤務先の宅地建物取引業者の商号または名称および免許証番号は資格登録簿の登載事項なので、変更があったときは遅滞なく変更の登録を申請しなければなりません(宅地建物取引業法20条)。一方、登録の移転(19条の2)は、登録を受けている都道府県以外の都道府県の事務所に勤務することとなったときに申請できる制度で、義務ではなく任意です。

    Q5. 会社が業務上の必要にもとづき、職務に直接必要な資格を取得させるために支給する受験料等の費用は、費用として適正な額であれば給与課税されない取扱いがある。(○か×か)

    答えを見る○:国税庁の所得税基本通達36-29-2は、使用者が自己の業務遂行上の必要にもとづき、職務に直接必要な技術もしくは知識を習得させ、または免許もしくは資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用等に充てるものとして支給する金品について、これらの費用として適正なものに限り課税しなくて差し支えないとしています。一方、毎月支給される資格手当は給与の一部として課税され、社会保険の標準報酬月額の算定基礎にも含まれます。

    まとめ

    資格手当は法律上の義務ではなく、会社が任意に設ける制度です。したがって、金額の相場を探すより、自分の会社や応募先の規程に何が書かれているかを確認するほうが確実です。この記事で金額を書かなかったのは、公表された統計がなく、書けば根拠のない数字を広げることになるからです。

    一方、制度の仕組みについては法令で確定していることが多くあります。毎月支給される資格手当は割増賃金の計算基礎から除外できません。労働基準法37条5項と施行規則21条が定める除外賃金7種類の中に資格手当がなく、この列挙は限定列挙とされているからです。会社が負担する受験料や講習費用は、所得税基本通達36-29-2の要件を満たせば給与課税されない扱いがあります。費用負担後の退職に伴う返還条項は、労働基準法16条の趣旨に照らして効力が争われうる領域で、事案ごとの判断になります。

    そして、手当の前提になる専任の宅地建物取引士の制度は、宅建業法の出題範囲そのものです。事務所ごとに業務に従事する者5人に1人以上、不足すれば2週間以内に是正、専任には常勤性が求められ名義貸しは認められない。試験で覚える内容が、そのまま自分の労働条件を読み解く道具になります。資格取得のメリット全般については宅建を取るメリットを参照してください。

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